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時事無斎ブックレビュー(15) 余は如何にしてネット発ファンタジー小説に幻滅せし乎(後編:テンプレ要素作品考)

 過去2回に渡って、いわゆる「なろう系」と呼ばれる作品が抱える問題点と、そうした問題は単一の要素ではなくいくつかの要素が悪い形で組み合わさってできるものだという話をしました。

※前編:ネット発テンプレファンタジーが抱える問題点

※中編:「時事無斎のなろう系指数」の提唱

 具体的には、以下の「なろう系指数」チェックリストで該当する項目のポイント(以下「pt」)の合計が6pt以上あれば「なろう系」と判定して良いのではないかという話です。

1.主人公のためだけに存在する物語世界(2pt)
2.物語世界の中で絶対的な地位や力を与えられ、かつそれに対するリスクや責任を負わない主人公(2pt)
3.主人公の私欲の全肯定と人権・社会的公正への無関心もしくは否定的な態度(2pt)
4.主人公の行動原理がネガティブかつ自己中心的(1pt)
5.既存のゲームや先行作品の要素を継ぎ合わせたストーリーや世界設定(1pt)
6.物語の根幹に関わるレベルでみられるストーリーの矛盾や科学的・歴史的な事実の誤り(1pt)

 こうした議論をしていると、しばしば「じゃ、お前たちアンチはどんな本を読んでるんだ、言ってみろ。」と噛みついてくる擁護派の人たちがいます。それに対する回答、及びそうした人たちへの読書ガイドも兼ねて、以下、上記のチェックリストをいろいろな作品に当てはめてみます。(採点表で、○:該当、△:部分的に該当または境界線上、×:該当せず)


1.藤子・F・不二雄『ドラえもん』

 以前ネットの某所で、なろう系作品のファンらしき人が「『ドラえもん』は、のび太がドラえもんのひみつ道具を使ってジャイアンやスネ夫に『ざまぁ』をする話なのだからなろう系だ」という主張をしているのを見かけました。手始めに、それが本当かどうか検証してみることにします。
 まず1です。これは明らかに当てはまりません。むしろ主人公・のび太は、物語世界の中でもかなり運の悪い、損な役回りに立たされることの多い人物として描かれています。
 2はどうでしょう。確かにのび太は作品世界の中で「ドラえもんのひみつ道具」という唯一無二の力を与えられている特別な立場ですので、ここは該当するとします。もっとものび太はひみつ道具の使用に伴うリスクもきちんと負っているので、実際にはこの項目も部分的にしか当てはまらないように思います。
 3は当てはまりません。むしろ『ドラえもん』を初めとするほとんどの藤子不二雄作品は、明確に人権や社会的公正を肯定・擁護する立場に立っています(注1)。
 4ですが、確かにのび太がひみつ道具でジャイアンやスネ夫に仕返しするエピソードもあるものの、基本的にのび太は(子供っぽい身勝手さや欲はあっても)善良な性格で、人助けなども積極的に行う一方、悪事や弱い者いじめをすることはほぼなく、やっても後から自己嫌悪に苛まれたりしています。また、のび太がひみつ道具の力を私利私欲のため乱用したような場合、大抵は最後で手痛いしっぺ返しを受けることになりますし、メタ的にものび太のそうした身勝手な行動が擁護されることはありません。これも当てはまらないと言って良いでしょう。
 5と6ですが、周知の通り『ドラえもん』は他に例がないほどの独自性に溢れた作品で、なおかつ科学的・歴史的な部分についても子供向け作品としてはかなりしっかりと書かれています(注2)。これも該当しないと考えるべきです。以上に基づいた判定の結果は、下にある通りです。

注1:一方で、今の基準で「差別的」とされるような内容も含まれることは認識しておく必要があるものの、これは古今東西のあらゆる作品について回る問題でしょう。
注2:ストーリーの都合上、科学的にあり得ないような設定を出してくることはあります。この点については「栗まんじゅう問題」のような面白い考察もありますので、興味ある方は検索してみてください。


判定結果
1:× 2:○(実際は△) 3:× 4:× 5:× 6:× 計2pt 判定:該当せず


2.『水戸黄門』『暴れん坊将軍』ほか勧善懲悪もの時代劇

 これも、よくなろう系作品のファンが「これだってなろう系」と主張しています。
 確かにこうした作品の主人公たちは『水戸黄門』であれば「天下の副将軍」、『暴れん坊将軍』であれば「将軍さま」という絶対的な権威を持っていて、最終的にはその権威で全てを解決することができる立場にあります。そういう意味ではチェックリストの2の条件に該当するかもしれません(もっとも、それに伴う責任はちゃんと負っています)。しかし、そうした権威を持っていても「悪いやつをいきなり問答無用で成敗」のような行動は取れず、地道に悪事の証拠を掴んだり、悪人たちに虐げられる被害者たちを危険を冒して助けたりする過程が入ってきます。少なくとも1には該当しないと考えるべきです。
 また、こうした作品の主人公たちの行動原理は基本的に「世のため人のため」で、3そして4の項目には当てはまりません。逆に『必殺』シリーズのような「悪の力で悪を討つ」時代劇では3及び4の項目に該当するような主人公も登場しますが、そういう主人公たちは、今度は2のような絶対的な力や地位を与えられていないのが普通です。
 5はどうでしょう。これはまあ、「悪代官と御用商人」のような類型化された悪役や、パターン通りの勧善懲悪がお約束になっている以上、該当すると考えて良さそうです。6も、この種の時代劇が歴史学的には間違いだらけなのは周知の事実なので、こちらも該当すると言って良いでしょう。
 ただ、以上のように甘め(なろう系寄り)の判定を行っても、やはりなろう系とこうした時代劇との間には明らかな差があると言わざるを得ません。判定結果は以下の通りです。


判定結果
『水戸黄門』『暴れん坊将軍』など
1:× 2:○(実際は△) 3:× 4:× 5:○ 6:○ 計4pt 判定:該当せず
『必殺』シリーズなど
1:× 2:× 3:△ 4:○ 5:○ 6:○ 計3~5pt 判定:該当せず


3.ONE・原作、村田雄介・画『ワンパンマン』

※英語版

 これもなろう系作品のファンが「なろう系」だと(以下略)。
 この作品で注目すべきと私が思うのは3の項目です。本作の主人公・サイタマは、この種のヒーローの中でも際立って、自身の力に恬淡てんたんとした態度を取っています。もし彼がそういう姿勢を取らず、自分の力を私利私欲のために使ったり力の行使に見返りを求めたりしていたらどうでしょう。それこそ前々回で紹介した「ウルトラスーパーデラックスマン」のような、一片の共感も感じられない主人公にしかなり得ないのではと思います。そして多くのなろう系作品における主人公の性格は、残念ながらサイタマよりウルトラスーパーデラックスマンに近いようです。
 本作でサイタマが与えられた絶対的な力の正体が何なのかは今後解き明かされるべき謎なのでしょうが、この作品と「なろう系」の決定的な違いは、「力」の有無そのものではなく、主人公のそうした「力」に対する姿勢にあると思うのです。
 というわけで判定結果は以下の通りです。なお、なろう系作品のファンによれば、このほか『ドラゴンボール』『NARUTO』『鋼の錬金術師』なども(以下略)。


判定結果
1:△ 2:○ 3:× 4:× 5:× 6:× 計2~4pt 判定:該当せず


4.北杜夫『船乗りクプクプの冒険』

 なろう系作品を巡る議論で時々見かけるのが「なろう系=異世界転移・転生もの」という誤解です。確かになろう系が世に出始めたころはその種の作品が多かったため、こういう誤解が広がった部分があります。
 しかし、繰り返しになりますが異世界転移・転生もの自体は昔から存在していて、なろう系以外の作品も数多くありますし、逆に主人公が現地生まれでも内容は完全になろう系という作品も少なくありません(注3)。ここではそうした「なろう系ではない異世界転移もの」の例として、北杜夫『船乗りクプクプの冒険』を挙げます。
 東京の自宅で宿題をしていた少年・タローは、宿題に飽きて手元にあった『船乗りクプクプの冒険』という本を読み始めたところ、突然本の中の物語の世界へと転移してしまう。そこは、物語を完結させずに逃げ出した作者のキタ・モリオ氏が作ったデタラメの歴史・デタラメの地理の世界だった。世界のどこかにいるはずの作者を探し出して自分が東京の自宅へと戻る結末を書いてもらうため、物語の主人公・クプクプとなったタローは、気まぐれな船長や心優しい巨漢のヌボー、意地悪な先輩船員のナンジャとモンジャたちとともに、船に乗って広い海へと乗り出して行く――。
 どちらかというとこちらの方が異世界転移・転生ものの本来の姿に近いように思います。読者の皆さん、どの本も中身が金太郎飴状態のなろう系異世界転移・転生ものばかりではなく、こういう作品ももっと読んでみてはいかがでしょう。

注3:冒頭のチェックリストでも、異世界転移・転生の有無は判定の基準に入れていません。


判定結果
1:× 2:× 3:× 4:× 5:× 6:× 計0pt 判定:該当せず


5.『千夜一夜物語』

 逆に、割り切って「難しいことなんか考えずにただ楽しめればいい」という作品を求めている方へのお勧めがこの『千夜一夜物語』です。説話集ということでストーリーは荒削り、内容も玉石混淆とはいえ、一方で話はロマンスあり笑い話ありメルヘンあり冒険物語ありで、特に作品を作る人間にとっては元ネタに事欠きません。
 「船乗りシンドバードの冒険」「アラジンと魔法のランプ」「アリ・ババと四十人の盗賊」などの有名どころのほか、異界への旅、不遇だった主人公が突然巨大な幸運をつかむ話、自分を陥れた相手への復讐譚、どんな願いも叶うスーパーパワーを持ったアイテムなど、なろう系と共通するモチーフの話も数多く見られます。皆さんお好きな女奴隷を買う話もたくさんありますし、ハーレムものなら「カマラルザマーンとあらゆる月のうち最もうるわしい月ブドゥール姫との物語」や「『ほくろ』の物語」「女ペテン師ダリラとその娘の女いかさま師ザイナブとが、蛾のアフマードやペストのハサンや水銀のアリとだましあいをした物語」などいかがでしょう。
 なろう系作品を書いている作者の皆さん、どうせなら、既存の商業作品の焼き直しではなく、こうした古典からアイディアを借用してみてはどうでしょうか。先行作品からだと「パクリ」と後ろ指を指されるような模倣でも、こうした古典からなら「『千夜一夜物語』をモチーフにした斬新な演出」と賞賛してもらえるかもしれません。ご一考を。


判定結果(全話)
1:△ 2:△ 3:△ 4:△ 5:△ 6:△ 計0~9pt 判定:該当するものあり


 以上、なろう系と共通するテンプレ要素を持った作品について考察してみました。こうしてみると、なろう系作品が抱える問題点とは「チートパワー」「異世界転生」「ゲーム的世界観」といった個々のテンプレ要素ではなく、その組み合わせのバランスが悪いことにあるのだと再認識させられます。逆に言えば、そうした部分を上手く解決して再構築すれば、テンプレ要素を素材としながら、しかも後世に残るような傑作が生まれることもあるのかもしれません。今回の考察がそうした作品を生み出してくれる有為のクリエーターの参考になるなら、私としてはこの上ない喜びです。

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