見出し画像

時事無斎ブックレビュー(11) 私的マンガ時評2021~2022

 前回のこのコラムで触れた通り、個人的に2021年から2022年にかけては近年になく傑作・良作漫画に多く出会えた時期でした。今回はその2年間に出会った漫画の中からお奨めをピックアップし、関連する作品と併せて紹介したいと思います。

※なお、既刊は本記事公表時の巻数ですが、商品リンクは一部情報を更新しています。


1.遠藤達哉『SPY×FAMILY』

(集英社ジャンプコミックスプラス。既刊10巻)

※英語版1巻

※1~13巻セット

 おそらく2022年に最も話題になった漫画作品でしょう。もともと偏屈者で「話題の作品」からは距離を置きがちな私ですが、この作品はブレイクする直前ごろに出会って気に入り、そのまま愛読しています。
 舞台は東西に分かれて対立が続く西国ウェスタリス東国オスタニアの二つの国(冷戦期の東西ドイツがモデルのようです)。東国で活動を続ける西国の工作員「黄昏たそがれ」は、東国のある要人を探るため彼の息子が通う学校に保護者として潜入する任務を与えられる。任務遂行のため精神科医「ロイド=フォージャー」と名乗り、孤児院から引き取った娘・アーニャ、偽装結婚した妻・ヨルと三人でかりそめの家庭を作って暮らし始める黄昏。だが、実は娘のアーニャは他人の心を読める超能力者、妻のヨルは凄腕の殺し屋だった。互いの正体を知らないまま様々な出来事を通じて絆を深めていくフォージャー家の、アーニャと標的の息子・ダミアンの、そして東西の平和の行方は――?
 正体や本心を隠して生きる登場人物たちの中、全てを知るのが(ただし必ずしも理解しているわけではない)小学一年生(実際の年齢はさらに1~2歳ほど下)の娘・アーニャだけというのが物語の鍵になっています。スパイアクションにも拘わらず、世界を味方=正義、敵=悪という(一番つまらなかった頃のハリウッドアクション映画などにありがちな)短絡的な二項対立で描いていないところも奥深さを感じました。食わず嫌いをせずに読んで良かったと思う作品です。

※あさりよしとお『宇宙家族カールビンソン』

(講談社アフタヌーンKCほか)

※SC版1巻

※SC完全版全巻セット

 作品の方向性は全く違うのですが、「いつか別れねばならないかりそめの家族」という共通点からこの作品を思い出しました。
 宇宙を回る旅芸人の一座が未知の文明からやって来た宇宙船と衝突事故を起こしてしまう。たった一人生き残った赤ん坊をいつか故郷の星「地球」に帰すため、旅芸人たちは壊れた宇宙船のコンピュータに残っていたデータを元に「地球」の小さな街を復元し、そこで彼女を育てることにした。だが、復元されたその「地球」はなぜか昭和40年代の北海道で――?
 少しずつ内容が違う3つのバージョン(いずれも未完)があり、ここでは一番スタンダードな少年キャプテン版を紹介しておきます。

2.魚豊『チ。-地球の運動について-』

(小学館ビッグコミックス。全8巻)

※全8巻セット

 前回のこのコラムで取り上げた作品です。詳細はこちら。

時事無斎ブックレビュー(10) 『チ。-地球の運動について-』について、そして科学と宗教の相克について|MURA Tadasi (村 正) (note.com)

3.ゆうきまさみ『新九郎 奔る!』

(小学館ビッグスピリッツコミックスペシャル。既刊12巻)

※1~15巻セット

 ゆうきまさみ氏といえば『究極超人あ~る』のようなシュールなギャグや『機動警察パトレイバー』『鉄腕バーディー』のように硬派なSF作品のイメージが強かったため、最新作が本作のような本格歴史ものと知った時は少々意外でした。
 物語の始まりは応仁の乱直前の京都。主人公は室町幕府の政所まんどころ(財政担当部門)を取り仕切る伊勢一族の傍流に生まれた少年・伊勢千代丸。のちに伊勢新九郎盛時もりときと名乗って戦国大名の先駆けとなり、後世に北条早雲として知られる人物である――。
 読んで感心したのは、描かれている伊勢新九郎像が一般にイメージされる成り上がりの風雲児ではなく最近の研究結果を反映したものになっているほか(注1)、当時の世相や歴史的経緯についても緻密に描かれていることです。やはり一流の作者は作品のジャンルを問わずきちんと下調べをして作品を書いているのだな、と感じ入りました。例によって話は長くなりそうですが、じっくり最後まで付き合っていきたい作品です。

注1:年齢も伊豆討ち入り時に38歳という現在の説を採用しています。

※みなもと太郎『風雲児たち』

(リイド社SPコミックスほか)

※リイド社ワイド版1巻/ワイド版完結セット

※幕末編1巻/幕末編完結セット

 歴史をテーマにした漫画といえばやはりこれでしょう。このコラムの第1回で取り上げたのでそちらも参照ください。

時事無斎ブックレビュー(1)  私を構成する5つのマンガ|MURA Tadasi (村 正)|note

※ゆうきまさみ『究極超人あ~る』

(小学館ビッグスピリッツコミックススペシャル。既刊10巻、ほか)

※最新10巻

※全巻セット

 こちらはゆうきまさみ氏の出世作。最近31年ぶりの最新刊が出ました。なお、某友人によれば私は本作の主人公であるR・田中一郎に(外見・行動パターン共に)似ているとのことですが、それは誉められたことになるのでしょうか。

4.グレゴリウス山田『竜と勇者と配達人』

(集英社ヤングジャンプコミックス。既刊8巻)

※全9巻セット

 ありがちな「中世」のハリボテをかぶせた出来合いのゲーム的世界のお話ではなく、逆に作者が偏愛する「中世」の社会・風俗に一般にイメージされる中世ヨーロッパ風ゲーム世界の要素をパロディ的に盛り込んだ作品です。作品中に挿入された中世の社会・文化に関するコラム(内容がやたらハイレベルで驚きました)も参考になります。
 故郷の森を離れて人間世界にやって来たハーフエルフの少女・短慮の吉田(注2)は皇帝都市・アイダツィヒの街で郵便業務を行う「駅逓局えきていきょく」に雇われ配達人となった。「剣と魔法」の絶対的個人主義と「法と社会システム」の市民社会の間で揺れ動く時代の中、その鍵を握る「情報」の伝達を担って走り回る小市民にして小役人・吉田の運命は――?
 この作品についてはいつか改めて紹介したいので、今回は軽く触れるに止めておきます。

注2:ちなみに「吉田」は姓ではなく名前で、「短慮」は「二つ名」です。こうした中世人の名乗りについても作品中で解説されていたりします。

※グレゴリウス山田『十三世紀のハローワーク』

(一迅社)

 こちらも著者の中世愛満載の各時代職業図鑑。タイトルにある13世紀だけでなく古代から近世までの古今東西の職業を、よくこれだけ集めたものだと感心するほど多数紹介しています。

5.林田球『大ダーク』

(小学館ゲッサン少年サンデーコミックスペシャル。既刊5巻)

※1~7巻セット

 宇宙という無限に続く闇の中のどこか。「その骨を手に入れた者はどんな望みも叶う」といわれ、あらゆる宇宙人たちから命を狙われる少年・ザハ=サンコは、相棒でもあるニーモツ(注3)のアバキアンと共に、自分にこの運命を与えた何者かを探し出して殺すための旅を続けていた。6年前の小学校時代の思い出と現在が複雑に交差する中、サンコたちの過酷な、しかしどこか呑気でコミカルな旅は続く――。
 ジャンルは「ダークSFコメディ」となるのでしょうか。絵柄・ストーリー・世界設定・キャラ造形いずれも今回挙げた作品の中では飛び抜けてアクが強く、万人向きの作品とは言えないものの、将来、特に海外のコアなファンからカルト的な人気を博しそうな気がします。というよりwikipediaの記事が日本語版より先に英語版で立っていたあたり、すでに海外で人気が出ているのかもしれません。

注3:作品中の用語で収納のほか移動や宇宙服の生命維持装置の機能も持った万能バックパックのようなもの。アバキアンはさらに人型への変身能力も持ちます。

6.堀尾省太『ゴールデンゴールド』

(講談社モーニングKC。既刊9巻)

※1~9巻セット

 「福の神」伝説が残る瀬戸内の小島・寧島ねいじま。主人公である女子中学生の早坂流花るかは、想いを寄せるクラスメートの及川が「アニメショップのある街」を求めて大阪の高校への進学を考えていることに悩んでいた。ある日海辺で干からびた何かの像のようなものを拾った流花は、それを近くの祠に安置して、島にアニメショップができ、及川が行ってしまわないよう願をかける。と、彼女の願いを受けた像は、どこか不気味な「フクノカミ」へと姿を変え、流花の祖母・町子が経営する商店を拠点として島に「福」をもたらしはじめた。だが、「福」にあやかろうとする人間たちの欲望は、流花、さらにフクノカミの意図さえ超えて暴走を始める。島に滞在していた作家の黒蓮、刑事の酒巻らとともに、「福」に群がる人々、そしてその中心人物となってしまった祖母・町子の暴走を食い止めようとする流花だが――?
 瀬戸内の鄙びた島を舞台に繰り広げられるサスペンス・ローファンタジー。個人的にはどこかのゲームを安直に引き写したようなテンプレファンタジーではなく、こういう作品にもっと力を入れて欲しいと思うのです。

7.福田秀『ドロ刑』

(集英社ヤングジャンプコミックス、全7巻)

※全7巻セット

 「捜査の全てはドロ刑に始まりドロ刑に終わる」。警視庁捜査三課(窃盗犯その他担当)、俗称「ドロ刑」の刑事である斑目まだらめつとむは、一切証拠を残さぬまま煙草の臭いだけを残して高級住宅に侵入し、高価な宝石を盗んでいく怪盗「煙鴉けむりがらす」を追っていた。他の事件の捜査中に偶然その犯人とおぼしい男「ハルト」と出会った斑目だが、彼を追ううちに、なぜか協力しながら捜査を行うようになってしまい――。
 熱血刑事とクールな怪盗という異色のコンビが事件解決に挑む刑事ドラマ。脚光を浴びることこそ少ないものの、最も多様な犯罪を最も多様な捜査手法を駆使して追わねばならない捜査三課が舞台というあたり、作者が綿密な取材の上で書いていることが感じられました。作中で語られる豆知識的な防犯テクニックも参考になります。実写テレビドラマ化もされたようですが、そちらは未見です。

8.本間まこと『元女神のブログ』

(講談社モーニングKC。全3巻)

※全3巻セット

 「あなたたちが落としたのはこの泉の女神さまですか? それともこの人間のお母さんですか?」――。元は泉の女神で今は人間となって結婚・出産し子育て中の主人公・いづみは、日々の暮らしの中で、泉の女神だった200年と不老不死を捨てて母親となった今のどちらに価値があるのか悩み続ける。その彼女が記すブログの読者、彼女が街ですれ違う女性たちの中にも、やはり妊娠・出産・子育てに悩み奮闘するお伽の世界の住人たちがいた。同じく人間になった元人魚、夫が人狼の「あかずきん」、第二子の妊娠を望む一方で夫である僧侶とのすれ違いに悩むサキュバス、夫の王子様と別れてシングルマザーを続ける元プリンセス……。そして第二子を妊娠したいづみは、これまた出産後に職場復帰したヴァンパイアの助産師・木穴きけつさんに助けられながら出産に臨む――。
 お伽の世界の住人が現代社会で暮らす物語は珍しくないものの、その中で妊娠・出産・子育てを中心に扱った作品は他になかったように思います。独身男の私が知ったかぶって軽々しく語れるテーマではないため詳しい論評は控えますが、同じ悩みをお持ちの世の母親・父親の皆さん、読んでみてはいかがでしょう。

※西岸良平『鎌倉ものがたり』

(双葉社アクションコミックス。既刊36巻)

 こちらは人間と妖怪が時に出会い交流しながら暮らす不思議な街の物語。ちなみに現実の鎌倉とは必ずしも関係ありません。

※『DESTINY 鎌倉ものがたり』

(山崎貴監督、2017年)

 その映画化。原作キャラクターの再現度が高いキャスティングに驚きました。

 今後も良い作品に出会えればその都度紹介していきたいと思います。今回はこのあたりで。

この記事が参加している募集

連休に読みたいマンガ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?