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時事無斎ブックレビュー(1)  私を構成する5つのマンガ

 こんにちは。noteで小説と音楽を発表させてもらっている時事無斎じじむさいこと村正(むら ただし)です。以前から、小説・音楽の他にブックレビュー的なコラムを書くことを考えていましたが、このお題「私を構成する5つのマンガ」を機会に始めてみることにしました。よろしくお付き合い下さい。


1.内山安二『コロ助の科学質問箱』(学習研究社)

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 影響を受けたと言うより、ある意味で私の人生を決定してしまったのが、小学生のころ読んでいた学研の学習漫画『ひみつシリーズ』でした。数年前から古本屋で目にするたびに再度買い集め、今ではほぼコンプリートしています。
 私の両親は「マンガは教育に悪い」という古い考えの持ち主で、基本的にマンガ本は買ってもらえず、自分の小遣いで買うこともできませんでした。例外的に買ってもらえたのがこの『ひみつシリーズ』で、中でも最も好きだったのが、この『コロ助の科学質問箱』を初めとする内山安二作品です。
 子供向けの作品(科学読み物に限りません)はあくまで分かり易くなければならない。しかし、それと同時に心がけねばならないのは「子供向けだからといって安易に話のレベルを下げてはならない」ということです。今、この『ひみつシリーズ』を読み返してみて感嘆するのは、平易でありながら実は科学的にかなり高度な内容がてんこ盛りということ。実際、ここで仕入れた科学知識の中には、小中学校どころか大学・大学院時代、さらに今でさえ役に立ってくれているものがかなりあります。(70年代の本ですので、当然、現在では古くなってしまった情報や誤りと分かった内容もあります。)
 あれから数十年、このシリーズを読みふけっては科学の不思議に目を見張っていた科学コドモは、紆余曲折を経て、いつしか科学者の末席を汚し、コロ助たちから質問を受ける立場となりました。そして自分もまた、次の世代を担う科学コドモたちに科学への理解と憧憬を引き継げるようになりたい。その気持ちは今も持ち続けていますし、生涯失わないようにしたいと思っています。
 未来の主人公たちに科学を。その意味でも、『ひみつシリーズ』のほか学研の学習雑誌にも掲載されていた内山安二作品を再発掘して出版するプロジェクトがあれば無償でも良いから参加させてもらいたいと、割と真剣に考えています。​

2.高橋留美子『めぞん一刻』(小学館)

 私の人生を決定してしまったのが前出の『ひみつシリーズ』なら、表現の技法について最も影響を受けた漫画作品の一つが、高校時代に学校の帰りに書店での立ち読みで出会った『めぞん一刻』でした。同時期に発表されていた『うる星やつら』のシュールなギャグとはまた違う繊細な心理描写、複雑な人間関係、物語全体を覆うもの悲しい雰囲気などが新鮮そのもので、足繁く本屋に通っては暗記するほど立ち読みを続け、最後にはお店に嫌な顔をされてしまいました。この場を借りて陳謝させていただきます。
 「深く、しかし楽しく」。実際に達成できているかはともかく、私が小説や音楽を書くにあたって最大の目標としている方針はその時からのものですし、「漫画は立派な芸術である」という信念を与えてくれたのもこの作品です。なお、『めぞん一刻』の女の子の中で私が一番応援していたのは、実はヒロイン・響子さんではなく、そのライバル・七尾こずえでした。全ての読者に共通するヒロイン、と言うより万人に好かれるキャラなど実は存在しないんだな、と悟ったのも、確か『めぞん一刻』が最初だったように思います。
 蛇足ながら、どうも私は、この作品のこずえ、『GS美神極楽大作戦』のおキヌ、『じゃじゃ馬グルーミンUP!』のたづな、『ギャラリーフェイク』のサラ、『のだめカンタービレ』の孫Rui、『鉄腕バーディーEVOLUTION』のオンディーヌ(さやか)と、主人公から「本命」と扱ってもらえない一途なヒロインを応援してしまう癖があるようです。

3.いしいひさいち『バイトくん』(プレイガイドジャーナルほか)

 19歳で故郷を離れて大学に入り、30歳に手が届こうとするまで貧乏学生を続けていた私にとって、学生時代は常に『バイトくん』と共にありました。大学に入ったばかりの頃、近くの古本屋で何気なしに手に取ったプレイガイドジャーナル版『バイトくん』(今では少々入手困難です)に笑撃(ママ)を受けて以来、あちこちから出版された『バイトくん』シリーズを集めては読みふけったものです。
 私自身は、入った大学が「単位が取れなければ容赦なく留年」「留年が重なれば容赦なく放校」「休暇中にも実習や調査」「卒業論文も厳しく指導」というところだったため、主人公であるバイトくんたちのように無為で怠惰な学生生活を送るわけには行きませんでしたが、常に貧乏で空腹で不潔で、流行やファッションとはおよそ縁がなく、当然女性にも全く相手にされない生活の中で、バイトくんは大きな心の支えでした。「励まされた」とか「勇気づけられた」とかの、そういう綺麗なものではありません。ただ、自分やバイトくんと同じように貧乏で愚かで失敗ばかりしていて、それにめげながらも(めげずに、ではなく)しぶとく生き続けている若者が、この地上のあちこちに今も生息しているのだろうな、という、漠然とした連帯感のようなものではなかったかと思います。
 ちなみに私自身のバイト経験も、安ホテルのナイトフロント係、パン工場の夜勤、工事現場の土嚢作り、競馬場の警備員、浄化槽清掃の助手、山奥の護岸の保守作業、家庭教師に塾講師、デパートの催事の商品搬入と販売員、選挙の開票作業、アマチュアライター、環境アセスメント会社のサンプル選別作業ほか、バイトくんほどではないにせよけっこう多様でした。いずれどこかで、その時の経験についても書きたいと思っています。

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4.田河水泡『のらくろ』(講談社・復刻版)

 前出の通りマンガを読ませてもらえなかった子供時代、『ひみつシリーズ』と並んで例外的に買ってもらえたマンガが、当時復刻版が出版されていた『のらくろ』(と、同時に刊行されていた『冒険ダン吉』)でした。理由は今も分かりませんが、父のノスタルジーからだったのかもしれません。現在手元にあるのは1970年ごろ刊行された全10巻・オールカラーの復刻版ですが、子供のころに読んでいたのは内容を簡略化して書き直した文庫本サイズの白黒版(後半の豚の国との戦いが丸ごとカットされている)でした。
 当時は単純に笑いや武勇伝を楽しみ、軍隊の階級やシステムについてもいろいろと知ることができたものの、今読むと、この作品のもう一つの暗い面が浮かび上がってきます。最初はヘマをしでかてはブル連隊長に怒られるコミカルな役回りだった主人公・のらくろが、いつしか軍国的な武勇伝の英雄となり(捕虜の敵兵を棍棒で殴りつけて情報を吐かせたりしています)、やがて軍隊を除隊して「大陸開拓」という国策に身を投じていく。のらくろの所属する猛犬連隊(=日本軍)は常に強くて正しくてカッコ良く、敵である山猿や豚の国は常に悪辣で間抜けで醜く、猛犬連隊の前に惨めに敗北する運命にある……。それはそのまま、日本が大陸での支配と権益の拡大を狙って野放図に戦線を拡げ、破滅へと突き進んでいった戦前・戦中の暗い歴史と重なります。(『冒険ダン吉』にしても、ダン吉くんが王様になった南の島の住民が全て同じ顔の「黒ん坊」で、家来たちは名前ではなくダン吉くんから与えられた番号で識別されるという、今なら間違いなく差別的なディストピア作品として扱われる内容です。)
 作品そのものは確かに日本漫画史上に残る傑作なのでしょう。ただ、そうした傑作にも、往々にして差別や暴力・社会的不公正を是認・扇動する暗い負の面が潜んでいることは忘れるべきではありません。シェイクスピア『ベニスの商人』然り、ワーグナー『ローエングリン』然り、キプリング『ジャングル=ブック』然り、リーフェンシュタール『民族の祭典』然り……。「作品に罪はない」と言う人もいますが、私自身はむしろ、傑作は傑作として認めた上で、なおかつ作品の中にある「罪」の部分をしっかりと見極めることこそが大切なのではないかと思います。
 昔何気なしに受け入れていた本や映像作品が、後になって見返してみると、実は大きな誤りや深い闇を含んでいた、そんな経験はありませんか?

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5.みなもと太郎『風雲児たち』(リイド社)

 最後に、今も新刊が出るたびに買っては読み続けているこの作品を取り上げて終わりたいと思います。江戸時代、特に幕末フリーク必読の大河ギャグロマン。と言っても話は関ヶ原から始まり、鎖国、蘭学の誕生、寛政の改革と化政文化、シーボルト事件、蛮社の獄と続いたあと、掲載誌の都合により一度終了となってから発表の場を変えて再開され、40年(私が読み始めてからでも既に25年以上)に渡って続いている作品です。
 一般に人気の高い「幕末」。しかしそれは決して突然やって来たのではない。関ヶ原の敗者たちの怨念、幕府内の権力争い、閉塞した社会の中に次第に蓄積していく不満と矛盾、それに対する心ある人々の抵抗……。一見無関係に見えるそうした出来事が互いに結びつき、やがて「幕末」へと向かう流れを生んでいくその過程が、そこらの評論家の安直な解説など足元にも及ばないしっかりした視点から、ギャグを交えつつも重厚に描かれています。「歴史」というものについて私自身も学ぶところが多く、自分自身の創作活動でも大きな影響を受けた作品。今後もじっくりと腰を据えて、結末まで読み続けていきたいと考えています。

2021.12追記:残念ながら著者のみなもと太郎氏は2021年に亡くなられ、『風雲児たち』は未完のまま終わることとなりましたが、それでもこの作品が江戸時代を描いた大河歴史ロマンの金字塔であることに変わりはありません。

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 他にも取り上げたい作品はあります。そしてこれからも、おそらく多くの名作と出会うことになるのでしょう。ただ、その紹介はまたの機会に譲って、今日はここまでにしたいと思います。

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