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何者かになれるんじゃないかとずっと自分自身が期待している

『夢みるかかとにご飯つぶ』著者の清繭子さんは、
ずっと「何者」かになりたいと思っていた。
子どものころからずっと。

大学を卒業して出版社に就職して、雑誌の編集をやっていた。
20代の終わりごろ、小説家になりたい、と思った。
書いて小さなローカルな文学賞に応募したら、特別賞をいただけた。
尊敬する作家の勧めで「早稲田文学」に書いたら掲載してくれた。
これでもう、小説家デビューか、と思ったらそうはならなかった。
シンデレラストーリーは始まらなかった。

出版社で安定した収入を得ている一方で、
やっぱり「何者」かになりたく、
小説を書きながら、保育士の資格を取ったり、
映画学校に通って映画監督を狙ったりしていた。

あっちいったりこっちいったり。
でもまだ何者にもなれてないので、
何者になろうとしていたが、
小説のほうは書けども書けども賞がとれない。

失恋して婚活して、結婚して子どもができて、
産休からあけて復職して、
育児と仕事でオニのように忙しくなって、
書かなくなったどころか小説を読むこともしなくなった。
そんな自分がいやになって、
じゃあやってやろうじゃないかと会社を辞めて、
40歳でフリーランスのライターになった。

朝日新聞のサイトで「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた」
というインタビュー記事を連載し始めたらそれがバズり、
まあまあそこそこ有名になりつつはあったが、
まだ「何者」かにはなれてない。

そこで、小説のコンテストにさかんに挑むも、
やっぱり次々と落選続き。
会心の作と思った作品が一次審査にも通らず、
「デビューしてもないのにスランプ」
になってしまった。

ああ、母になり、会社を辞め、40歳になってもまだ「何者」になれてない。
というか、「何者」かになれるんじゃなかろうかと自分自身が期待をしている。

そんな心情を「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた」のスピンオフとして始めた「小説家になりたい人(自笑)日記」
というnote記事が書籍の編集者の目にとまり、
エッセイ本の出版へとつながって、
『夢みるかかとにご飯つぶ』というタイトルで本を出すことになった。
小説家になりたい人が、先にエッセイストになった、
というお話。

清繭子さんはずっと「何者」かになりたがっているが、
みんな誰しも「何者かになりたいけど何者にもなれてない」。
ためしに会社の名前と役職をとってみるとあなた何者?
30歳になって40歳になって夢をかなえたかというと、そうでもない。

とりあえずこのあたりでよしとするか、
と見切りをつけるのも手ではあるが、
会社の中ではもう何者にもなれないと確定しても、
まだ自分が何者かになれると期待しているのであれば、
そこから飛び出てチャレンジするのもいいかもしれない。

ご飯つぶは、意外なところにくっついている。


『夢みるかかとにご飯つぶ』清繭子 幻冬舎 2024年