焚き火で焼いたステーキ肉を
昨日は友だちと焚き火をした。
夕方まだ明るいころに(といっても18時近く)、
海水浴場のそばにあるオートキャンプ場でサイトを借りて、
ソロ用の小さな焚き火台を囲んで、焚き火をして楽しんだ。
月曜日からこんなことする人もいないみたいで、
キャンプ場にはお客さんゼロ。
そこらへんで拾ってきた小枝を焚付にして、
青森から取り寄せた薪に火を点ける。
リンゴの木をよく乾燥させた薪は、
不思議なことにほとんどケムリがでないし、パチパチとした音も出ない。
けっこう強く吹いていた海風もやがておさまり、
薪が炭になったところで、網を置いてパーコレーターでコーヒーを入れたり、
塊肉を焼いた。
BBQ初級インストラクターの資格を持っているわたしは、
これまで何度かBBQでステーキ肉を焼いてきたけど、
焚き火の火で焼くのは初めて。
どうやって焼くか、思案していたら、
焚き火ラブのトツカちゃんの、
「薪が炭になったところで、網焼きにして上からフライパンをかぶせる」
という卓越したアイディアをいただき、
焼いてみたらもんのすごくうまくいった。
BBQの心得として、
「困難に立ち向かい、素材を美味しく調理する」
の実現であった。
それはそれとして……。
最近釜石に赴任してきたタケイさんも参加してて、
「釜石では非日常なことがたくさんある」
といっていた。
仕事帰りにキャンプ場で焚き火、
仕事前に港でイカ釣り、
仕事終わりに銭湯いって町中華、
月に一度の一斉休業の日には、社員みんなで釣り船借りて釣り大会。
たしかに、都会からすれば非日常的な活動の連続だし、
釜石の人たちにとっても、毎日やってるわけではない、という意味においては、
それはそれで非日常なのかもしれない。
だけど、たとえば「なぜ焚き火をするのか」を言語化してみる。
・炎を見てると落ち着く
・炎を見てるとアタマが空っぽになる
・ただただ見ているだけ
・瞑想状態になる
・エモい会話が素直にできる
・火を熾せる自分をほめてやりたい
・火をキープできる自分にほれてまう
・あたたかい
・いぶされるニオイが好き(キライでもある)
・パチパチという音に癒やされる
サイトを借りるのに少しばかりじゃないかもしれないお金を払っている、
薪を買うのに少しばかりとはいえないお金を払っている、
ステーキ肉を買って焼いて食べてる、
ということはあるが、
果たしてこれは「消費」してるだけなのだろうか。
ある意味、翌日からの仕事のための気分転換だったり、
イヤなことを忘れる儀式だったり、
仲間との関係性の構築だったり、
「生産」性のある行為なのではないだろうか。
とすれば、こうしたことを非日常と捉えるより、
日常と捉えるほうがいいのかもしれない。
これは、地域でしかできないこと、
ではなくて、
地域にいるからこそやりやすいこと。
たぶん今週中にまた仲間のうちの誰かが、
焚き火したりBBQしたりしてるんだろうな。
昨日は、ストロベリームーンには1日早かったけど、
月がとてもキレイだった。