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濡れたワンピース/黒史郎・実話怪談

殺人現場に幽霊がでる、そんな話ももちろん怖いが、世の中には因果のまったくわからないただただ奇妙で無気味な話も存在する。そういう「怪しいはなし」もまた、化け録にはよく似合う。

文=黒史郎
挿絵=北原功士

わからない

 怪談の主役が「霊」とは限らない。そういうものがいっさい出ない、なぜそうなったのかがわからない、正体・原因・関係、その他、あらゆるものが不明尽くしの奇妙な体験をしている人がいる。そういう体験を「怪しいはなし」として書けば、それは怪談である。

 Tさんが、このような体験をしている。
「20年以上前になります。上京して、バイトをしながら専門学校に通っていました。都会の派手さに浮かれてたんでしょうね、だんだん学校を休みがちになって、毎日遅い時間まで遊びまわっていたんです」
 週末はよく友だちと渋谷へ行っていたが、その日は天気予報が大きくはずれて、夕方から横殴りの大雨になったので解散となった。初下ろしのワンピースと靴だったので最悪だった。
 雨から逃げるように駅に駆け込み電車に乗ったが、タイミング悪く帰宅ラッシュの時間帯で、身動きが取れないほどの満員状態。乗客と押し合いへし合いしているうち、下ろしたてのワンピースはぐっしょりと濡れてしまった。帰宅すると、ワンピースをリビングの椅子の背もたれに掛け、シャワーを浴びた。30分ほどでバスルームを出てひと息ついたとき、Tさんは気づいた。

 ワンピースがなくなっている。

 椅子の背もたれは、しっとり濡れている。落ちたにしても入り込むような隙間もない。
 ゾッとする。シャワーを浴びている間、だれかが部屋に入り込んだのでは……。
 心当たりがあった。バイト先に、やたらTさんのプライベートを知りたがる男性社員がいて、「どこに住んでるの」「部屋を見せてよ」としつこかった。
 友人に相談すると「そいつヤバいよ。絶対に家を知られちゃだめだからね」と強く忠告されていたのだ。

 まだ隠れているかもしれない。
 警戒しながら、身を隠せそうな場所をチェックしていく。人が入り込んだような痕跡もない。異変は、ワンピースが完全に消えたことだけだった。

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