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いぬ/読者のミステリー体験

「ムー」最初期から現在まで続く読者投稿ページ「ミステリー体験」。長い歴史の中から選ばれた作品をここに紹介する。

選=吉田悠軌

いぬ

岩手県 17歳 及川ひとみ

 私がまだ小学生だったころの出来事です。もう細かいところまではよく覚えていないのですが、その夜、両親は何かの用事で外に出かけ、祖母は確か旅行に行っており、姉と妹は夕方から友達の家に行ったかなにかして、とにかく私がひとり、家で留守番をしなければならないことになってしまいました。
 明るい月の出ている、生暖かい夜でした。私は、心細さをまぎらわせるためにテレビに熱中していました。ところが、しばらくすると突然、部屋の電灯が点いたり消えたりしはじめたのです。
 停電だと思った私は家の中を走り回り、ロウソクや懐中電灯を集めると、そばにいた猫を自分の膝の上に乗せ、電灯が正常に戻るのをジッと待っていましたが、それから10分くらいすると、ついに消えたままになってしまいました。
 しかも、どこからかチリンチリンという鈴の音が聞こえてきました。耳を澄ますと、どうやら家の外で鳴っているようです。膝の上の猫もジッと外のほうを見ています。そして鈴の音は、だんだん近づいてきているようでした。
 私は気味が悪いのをがまんして縁側まで行き、カーテンを少しだけ開けて、ガラス戸越しに、そっと外を覗いてみました。と、何か大きいものがのそのそと、こちらに近づいてくるのが見えました。
 なんだ、犬かと思って私はホッと安心し、カギを外してガラス戸を開けました。でもよく見るとその「犬」はまるで子牛のように大きく、しかも歩き方が変なのです。
 そのうち、それはゆっくり庭に入ってきました。私はなんだか怖くなり、急いでガラス戸を閉め、鍵をかけました。
 それでも、その大きな「犬」はどんどんこちらのほうに近づいてきます。やがて私との距離がガラス戸越しに10メートルほどになり、明るい月の光にその姿がはっきりと照らしだされてきました。
 すると——なんと、それは頭がツルンツルンの、真っ裸の人間だったのです‼
 思わず悲鳴をあげた私を、その裸の人間がジロッと見上げ、いきなりダッと私のほうに飛びかかってきました。私が恐怖に足をすくませていると、ドンッという音を立てて、その裸の人間がガラス戸にぶつかりました。そして私を見て、ニヤリと笑ったのです。
 私は、鳴きつづけて暴れる猫を抱きしめ、必死に2階に駆け上がりました。それでも恐ろしくて頭から布団をかぶり、ブルブルと震えていました。チリンチリンという鈴の音が、家の周りをぐるぐる回っているのが聞こえていました。
 そのうち私は、ふと110番することを思いつきました。何かあったら警察に電話しなさいと学校の先生や両親からいわれていたことを思いだしたのです。そこで私は布団から出ると、恐る恐る階下に下りていき、電話のところに行ってそっと受話器を取り上げました。
 ところが、受話器を耳に当てた瞬間でした。受話器の向こうからいきなり「フフフッ」という、なんとも無気味な笑い声が聞こえたのです。私は叩きつけるように受話器を置きました。すると同時に、パッと家中の明かりが点きました。
 私は、その明るさにホッとすると同時に全身の力が抜け、座り込んでしまいました。見れば、居間のテレビも映っています。
 が、その画面を見た瞬間——私は思わず息をのみました。なんとテレビの画面いっぱいに、さっきのあのツルンツルン頭の人間が映っていたのです。
 まるで能面のように真っ白な顔でした。真っ赤な口紅をつけたような大きい口が、笑っているのか無気味に左右に広がっていました。あまりの恐ろしさに、私は意識が遠のくのを感じました。
 そのとき、玄関のドアが開く音がして、両親の「ただいま」という声が聞こえました。とたんにテレビの画面からその顔が消えて普通の番組が映りだしました。私は両親に駆け寄って抱きつき、それまでの出来事を泣きながら必死に訴えました。
 でも両親は、私がテレビを見ながら居眠りでもして、何か怖い夢を見たのだろうといって相手にしてくれませんでした。
 私は、いまでもあれは決して夢などではなかったと確信しています。


(ムー実話怪談「恐」選集 選=吉田悠軌)

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