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アマビエ、神社姫、クダン…災厄と除災を告げる「予言獣」/東雅夫

疫病退散に効果があるとして、一大ブームを巻き起こした妖怪〈アマビエ〉。かつて日本では、悪疫がはびこるたびに、アマビエのような不思議な力を持つとされる〈予言獣〉がさまざまな形で出現していた。人々の不安と想像力が生みだした〈予言獣〉たちの姿を追う。

文= 東 雅夫

クダンの伝説を追った著者の単行本 『クダン狩り──予言獣の影を追いかけて』(白澤社)。クダン文学の傑作、「件」(内田百閒)、「くだんのはは」(小 松左京)も収録されている。

疫病の流行とともに姿を現す〈予言獣〉とは何か?

著名な妖怪研究家から世に広まった〈予言獣〉

 2020年から翌21年にかけて、新世紀の日本を席巻したふたつの話題……ひとつはいうまでもなく、新型コロナウイルスの何度かにわたる猛威・襲来であり、いまひとつは、あたかもコロナ禍の蔓延に歩調を合わせるかのように、突如出現し広範に流布することになった、奇妙な妖怪〈アマビエ〉である。

妙な姿の妖怪アマビエ(部分)。疫病退散にご利益があるとして、にわかに注目を集めた(京都大学附属 書館所蔵)。

 アマビエはまた、「予言獣」という名称でも呼ばれている。文字どおり、「予言をする獣」の意味だ。ただし、獣とはいっても、ここでは、もっぱら現実には存在しない獣、すなわち「幻獣」の一種と見なされている。

 この予言獣という言葉が、いつ、どこで生まれたものか、遺憾ながら定かではないが、この言葉を広く世に広めた人物ならば、歴然としている。
 妖怪研究家/コレクターとして著名な湯本豪一こういち氏である。
 湯本氏は1950年、東京・墨田区に生まれる。法政大学大学院卒。長らく川崎市の市民ミュージアム学芸室長等を務めるかたわら、妖怪や民俗学に関する多くの著書や企画展を監修、現在は広島県三次市に新設された「三次もののけミュージアム」名誉館長に就任されている。同館は「湯本豪一記念日本妖怪博物館」という正式名称からもわかるように、湯本氏の豊富な妖怪コレクション(その数なんと5000点超!)を収蔵品の核として設けられた、ユニークな妖怪専門施設である。

 ちなみに湯本氏といえば、21年の暮れに、NHKテレビで放送された昼の番組で、俳優の高橋一生氏が、湯本氏編纂の大冊『怪異妖怪記事資料集成』シリーズ(国書刊行会)を、自身の愛読書として紹介し、一部で反響を呼んだことをご記憶の向きもあろう。

 アマビエは従来、湯本豪一により「予言獣」の一種として考察されている。湯本は、多くの目撃談や記録があり、その存在が信じられてきた河童や人魚などを「幻獣」とし、そのうち、人間に未来を予言して伝える件や白沢などを「予言獣」とする。
 これは民俗学者・福原敏男氏の論考「疫病と怪異・妖怪──幕末江戸を中心に」(小松和彦編『禍いの大衆文化』KADOKAWA)の一節だ。〈幻獣〉および〈予言獣〉の特質を、端的に説明した定義といえよう。
 福原氏は傍註で、湯本氏の編著『日本の幻獣──未確認生物出現録』(川崎市民ミュージアム/2004)と、『日本幻獣図説』(河出書房新社/2005)を、代表的な著書として挙げている。

一人歩きを始めたアマビエのイメージ

 一方、幻想文学に詳しい作家の東郷隆氏は、著書『病と妖怪──予言獣アマビエの正体』(集英社インターナショナル発行/集英社発売)の中で、湯本氏が、非常に早い時期から〈アマビエ〉に注目していた点を抜かりなく指摘し、次のように述べている。

 アマビエがアマビコではないかと初期に指摘した一人が、湯本豪一氏である。
 明治期の怪奇話を当時の新しいメディア「新聞」の世界から紹介した画期的な書籍『明治妖怪新聞』(柏書房、1999)の中で湯本氏は、妖怪アマビエの正体と題してとくに1章を設けている。「『アマビエ』情報は書き写されて江戸に報告されていたことが瓦版に記されているが、これがすべての原因であろう。すなわち、最初は『アマビコ(天彦、あま彦)』と書かれていたものの、『天彦』『あま彦』の存在を知らない者がその情報を書き写すときに『コ』を似通った字の『エ』と転写してしまい、さらに原本が失われたことによってこの情報だけが後世まで残った」
 アマビエと称する妖怪は初めから存在せず、以後はアマビエの呼称を避けるべきなのではないか、と湯本氏は強く主張している。

 これはまことに首肯すべきところの多い所説である。
 実は一昨年から、アマビエがマスコミに取りあげられ、ブーム化の兆しが見えはじめたとき、筆者もまた、真っ先に想起したのが、湯本氏によるこの指摘だった。似たような疑問を感じた古参の妖怪好きは当時、多かったのではないかと思う。

 しかしながら、瓦版作成者の誤記によるアマビエの誕生という湯本説は、正鵠せいこくを突いていながらも、遺憾ながらあまり人口に膾炙かいしゃすることなく、たとえば、妖怪漫画の盟主・水木しげる氏が、アニメ版〈ゲゲゲの鬼太郎〉シリーズに登場させたような、親しみやすく可愛らしいアマビエのイメージが、もっぱら先行し、人口に流布することになったのだった。
 その結果、ネットを中心に〈アマビエチャレンジ〉なる造語も生まれ、現代のクリエイターや多くのアマチュアたちによる、新たな造形のアマビエ像が簇生そうせい、多くの関連書籍が誕生し、ついには政府の広報にまで利用されるという予想外の事態となった。

 時ならぬ一大流行現象を、日本全国に巻き起こした〈アマビエ・ブーム〉が、ようやく一段落した現在、そろそろこのあたりで、近世から近代にいたる時期、幾度となく日本を、疫病がもたらす恐怖とともに席巻した各種各様の〈予言獣〉ブームについて、まとめて概観しておきたいというのが、本稿の目論見である。

厚生労働省が若者への啓発のために作成したアマビエのアイコン(提供=厚生労働省)。

ブームになった〈予言獣〉の正体はアマビエか、アマビコか?

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