見出し画像

巨視的量子現象が超能力の謎を解く!/久野友萬

量子力学は極微の世界で起きる現象を説明する。そこでは物体が壁をすり抜け、別の物体へと瞬時に変わり、何もない場所から実体が現れる。
そうした奇妙な現象は波と粒子の二重性という極微の世界の特性で説明されるのだが、それが極微ではなく、私たちの尺度の世界でも起きるのだとしたら? もしかしたら、これまで錯覚や幻覚と思われてきた現象が、実は本当に起きていたのかもしれないのだ!
 
文=久野友萬

部分的に時間が逆行する映画『TENET』の世界

 映画『TENET(テネット)』(監督クリストファー・ノーラン)は最新の量子力学理論に基づいて描かれた、もっとも新しいタイムパラドックスSFだ。主人公は未来の装置、時間逆行兵器を使った世界滅亡を巡る戦いに巻き込まれていく。この映画の基本となるのが時間=エントロピーの増大という考え方だ。

 物理学では時間が過去から未来へなぜ流れるのか、説明できない。時間が過去から未来へ流れようが未来から過去へ流れようが、物理法則は同じように働く。これを時間対称性といい、過去に時間が流れても未来に流れても、物理法則に変化はない。
 ニュートン物理学のような古典力学でも量子力学でも同じで、つまるところ時間という現象がなくても宇宙は成り立ってしまうのだ。しかし、現実に時間は過去から未来へ流れている。なぜか?
 割れたコップが元のコップに戻らないように、組み上げられた情報が壊れると元には戻らない。これをエントロピーの増大という。宇宙はエントロピーの増大する方向に変化していき、逆は起こらない。これを熱力学第二法則といい、これが破られないのは宇宙の大原則だ。
 量子力学では二重スリットの実験などで、熱力学第二法則が破られている=原因と結果が逆転し、結果によって原因が決まるという、まさに『TENET』の時間逆行が起きているのではないか? と考えられているが(確定しているわけではない)、仮にあるとしても極微の世界の話だ。
『TENET』では時間逆行兵器(壁に打ち込まれた弾丸に銃を向けると弾丸が銃に吸い込まれる!)や時間逆行に伴ってエントロピーが減少し、周囲が凍結するといったことが起きる。
 これまでのタイムパラドックスでは時間は世界全体を巻き込む強力なもので、「過去に戻る」=「世界すべてが過去に戻る」だったが、「TENET」では「時間」=「エントロピーの増大」なので、部分的に時間を逆行させることができる。
『TENET』のように私たちのスケールで時間逆行ができるなら、量子の世界で起きるさまざまな奇妙な現象、量子が壁を通り抜けたり、どれだけ離れていても時間差ゼロで情報が届くといったことも起きることになる。
 そんなわけがない、と思っていたが……。
 2020年7月1日、アメリカにあるLIGO[ライゴ](レーザー干渉計重力波観測所)は重さ40キロという人間サイズの物体に量子効果が表れることを確認した。量子効果はナノサイズ、10億分の1メートル以下の世界で起きる現象だが、それがなんと、数十センチ四方で重さ40キロもある鏡で起きた。

ここから先は

6,013字 / 9画像
この記事のみ ¥ 300

ネットの海からあなたの端末へ「ムー」をお届け。フォローやマガジン購読、サポートで、より深い”ムー民”体験を!