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日本遺産「信州レイライン」と古諏訪伝承の聖地/古銀剛

信州にレイラインが存在していた――。
上田盆地の古寺社の位置を手がかりとして、太陽と大地へのアルカイックな信仰の深部を探ってゆくと、古代遷都をめぐる謎と諏訪信仰の真実がついにあぶり出された!

文=古銀 剛

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「日本遺産」に認定されたレイライン

 別所温泉で知られる信州の塩田平[しおだだいら](長野県上田市)は、千曲川が貫流する上田盆地の西半分にあたる地域だが、のどかな田園風景が広がるなかに由緒ある古社寺が点在し、「信州の鎌倉」とも呼ばれている。適度にひなびた趣のある観光地だが、そんな塩田平を中心とした一帯が、近年、「レイライン」がらみで注目を集めているのをご存じだろうか。
 端的にいうと、塩田平周辺に古来の太陽信仰に関係するとみられる「レイライン=直線状に並ぶ遺跡や聖地の配列」が存在するとされ、そのことに関連して昨年(2020年)6月、この地域一帯が「レイラインがつなぐ『太陽と大地の聖地』〜龍と生きるまち 信州上田・塩田平〜」として文化庁によって「日本遺産」に認定されたのだ。(長野県HP

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信州上田・塩田平を貫く太陽の道=レイライン。

 もっとも、「日本遺産」と聞いてもピンとこない読者も多いだろう。
 日本遺産は文化庁が2015年から主催している一種の観光・地域振興事業である。「文化財」や「文化遺産」を直接対象にしたものではなく、あくまでも地域の歴史や風土を踏まえた「ストーリー」、つまりその地域の文化や伝統面での包括的な魅力に着目して文化庁が〝認定〟するもので、文化庁が支援する地域活性化・町おこしのための公共的な取り組みのようなものである。
 したがって、そのネームバリューはユネスコの世界遺産には及ばないが、それでも、公的な機関が「レイライン」といういかにもムー的なキャッチにある種の「お墨つき」を与えたことは、まことに意義深い。
 そこで、本誌は現地取材を試みたのである。

「太陽の道」上にきれいに並ぶ古社寺

 今回の日本遺産認定にあたって上田市側がまとめた「ストーリー」にもとづくと、上田市内にある信濃国分寺(上田市国分)と生島足島(いくしまたるしま)神社(上田市下之郷)を通る直線(真東と真西を結ぶラインに対して約30度北側に傾いたライン)が「レイライン」の基軸とされている。

 ちなみに、信濃国分寺は天平13年(741)の聖武天皇による国分寺創立の詔(みことのり)にもとづいて奈良時代に創建された官立寺院だが、平安時代に荒廃し、その後、場所をやや北東に移して再興された。古代の寺院跡は昭和30年代以降に発掘調査が繰り返し行われ、現在は礎石や遺構の残る広大な境内が史跡公園として保存されている。古代には信濃国の国府はこの国分寺の近くにあったといわれている。一方の生島足島神社は『延喜式』神名帳に名神大社として記載されている古社で、大地・国土の神格化である生島大神(いくしまのおおかみ)と足島大神(たるしまのおおかみ)を祭神とする。

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