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羽田空港のパブリックアート「出発の星座」 (2009) | カーム・テクノロジーの事例紹介 #1

今回は、私の実際のプロジェクトで、カーム・テクノロジーの原則に沿っているものをご紹介します。

「Constellation of Departure – 出発の星座」 羽田空港パブリックアート (2009)

まずはこちらの動画をご覧ください。

空気の港からは、「星の飛行機」が飛び立ちます。星たちは羽田空港から飛行機が離陸する時刻に連動して、飛行機のシルエットを描き、目的地の方角に向かっていきます。

この作品は、東京大学のデジタルパブリックアートプロジェクト内で、アーティストの鈴木康広氏とのコラボレーションとして制作したものです。

この作品では、私が2007年に提案、実装した「粒子型ディスプレイシステム」を応用しました。天井の金網の裏に星の配置に合わせて設置した3,000個のLEDを、毎秒250回高速に点滅しスクロールした画像を表示するディスプレイです。鑑賞者は目の残像現象によって、高精細な飛行機の映像を見ることができます。

天井にキラキラと星が瞬く様子は、旅の昂揚感をさらに高めてくれることでしょう。空港ロビーが、開放感あふれるいきいきとした空間へと変容します。 

今回は、この作品を、「カーム・テクノロジー 生活に溶け込む情報技術のデザイン」(アンバー・ケース著、mui Labが日本語版監訳 ビーエヌエヌ、2020年)にある、カーム・テクノロジーの8原則と照らし合わせながら紹介していきます。

<カーム・テクノロジーの8原則>

(1) テクノロジーが人間の注意を引く度合いは最小限でなくてはならない
(2) テクノロジーは情報を伝達することで、安心感、安堵感、落ち着きを生まなくてはならない
(3) テクノロジーは周辺部を活用するものでなければならない
(4) テクノロジーは、技術と人間らしさの一番いいところを増幅するものでなければならない
(5) テクノロジーはユーザーとコミュニケーションが取れなければならないが、おしゃべりである必要はない
(6) テクノロジーはアクシデントが起こった際にも機能を失ってはならない
(7) テクノロジーの最適な用量は、問題を解決するのに必要な最小限の量である
(8) テクノロジーは社会規範を尊重したものでなければならない

カーム・テクノロジー 生活に溶け込む情報技術のデザイン」(ビーエヌエヌ、2020年)

この作品は、空港ロビーの「天井」という空港利用者の邪魔にならない場所を選んでいます。これは、8原則うち(1)を実践し、【人間の注意を引く度合いを最小限に】したものです。

また、通常時はこの場所から実際に見える星の配置を再現しつつ、空港から飛行機が離陸するタイミングのみに、大きな飛行機のシルエットが、目的地に向かって天井を横切るようになっています。
これは、「星空を見上げる」という習慣と、「流れ星や雲の流れに気づく」というような体験とも似たものがあると考えます。これは、8原則のうちの(8)に基づき、【社会規範を尊重】したものです。

そのとき、人々は、視野の上の端で動く光にふと気づきます。これは(3)のように【視野や意識の周辺部を活用】しています。

そして、空港の利用者が見上げると「ああ、今誰かが北の方に旅立っていったのだな」などと気づくことができます。そこには、必要以上に詳細な出発時刻や目的地の情報は含まれていません。
これは、(5)の【テクノロジーはユーザーとコミュニケーションが取れなければならないが、おしゃべりである必要はない】と、(7) の【テクノロジーの最適な用量は、問題を解決するのに必要な最小限の量である】を実践しています。

この出発の星座に表示されている情報は、空港の出発タイムテーブルのデータから取得されているので、もしこの「出発の星座」システムが壊れても致命的な問題は発生しません。これは、(6)【テクノロジーはアクシデントが起こった際にも機能を失ってはならない】に則っています。

また、方角などを意識する身体感覚をもたらし、他の旅人の物語に想いを馳せるような想像力を掻き立てるといった方法で、無機質なデータの提示だけではなく人間らしい体験や価値を提供できているのでは無いでしょうか。これは、(4)【 技術と人間らしさの一番いいところを増幅する】の実現を意図しています。

作品全体としても、この空港から旅立つ人々の旅を意識することで豊かな気持ちになってほしいとデザインされています。これが、(2)【テクノロジーは情報を伝達することで、安心感、安堵感、落ち着きを生まなくてはならない】につながると考えています。

この作品についての詳細は、『Digital Public Art in Haneda Airport 空気の港 テクノロジー×空気で感じる新しい世界(美術出版社)』にも掲載されています。興味を持っていただけた方はぜひこちらも合わせて御覧ください。


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