見出し画像

【小説】仕事の合間のひと時

都内の駅前にあるとあるスタバ。
そこは蔦屋書店併設で、本を読みながら休憩できるようになっている。

次の仕事まで少し時間が空いた上田は、そのスタバで休憩することにした。
平日の昼過ぎということもあってそれほど混雑もしていない。
「アメリカ―ノのアイス トール1つお願いします。」
待つこと数分でカップに入った飲み物を受け取った

店内は本棚が中心となり、その隙間隙間にテーブルやソファがある。
奥まで見なければ、席があるかどうかも分からない仕様だ。
上田は店内を一周したが、空いている席はどれも一人で座るには広く感じ、別棟へ移動した。
そちらは先ほどの店内とは対照的に、真ん中に本が置かれ、窓側や本棚に沿ってカウンターが設置されているため、かなりの人数座ることができる

ガヤガヤと人通りが多い店内で、ある声がすっと耳に飛び込んできた。
「そうですね。はい。僕からの発表は以上になります。」
どうやら声の主は、店内でZOOM会議に参加しているようだ。
ちらりと目線をやると、カジュアルスーツのような恰好をした男性がノートPCに向かって頷くそぶりをしている。
背中しか見ることは出来ないが、多分二十代前半くらいの若い子だろう。

別に注意するつもりは無いが、こんなところで声を出す会議に参加するのはどうだろうか。
若い子ならば普通のことなのだろうか。
こう思うこと自体が、自分が年を取ったということなのだろうか。
老害・・・か?

そんなことを考えながら、無事確保できた窓側向きのカウンター席に腰を下ろした
その若い子の席の近くになってしまったが、若い子はもう発言もしていないし何より他に席が空いていない。
ちなみに若い子の席は、本棚の真ん中部分がカウンター席になっているような特徴的な席だった。
さすが蔦屋×スタバ。
おしゃれである

上田は、次の仕事の確認をするために手帳を開いた。
「すみません。その件に関してはちょっと待ってください。」
再び先ほどの若い子の声が斜め後ろから聞こえてくる。
明らかにイライラした声だ。

「滝本さんには、今日僕が報告した内容で確定だと聞いていたのですが。」
「え、いやいや。森下さんが話した内容で進めるなら、僕の発表したものと全然違うものになります。」
「え、じゃあ僕が作ったものは無駄だったということですか?」
「は?それは西田さんの判断ですか?」
「もちろん滝本さんには森下さんの内容で進めると知ってるんですよね?もちろん?」
「それも、西田さんの独断ですか?」

「あ、わかりました。はい。」

急に小さい声になった若い子は、そのまま一言も話さなくなった。
たまに舌打ちが聞こえるだけだ。

分かるぞ若い子よ。
会社はそういうものだ。

上田はガヤガヤとした雑音を聞きながら、優雅にアメリカ―ノを飲む。
時計を見ると、思ったより時間が進んでいた。

次の打ち合わせ場所は、駅から少し離れた喫茶店だ。
先方とはよくその喫茶店で待ち合わせをするため、何度も通った道で迷うこともない。
よし。あと十五分ほどしたら、次の待ち合わせ場所に移動しよう。

「不倫してるくせに」

なに?
ぼそっと、つぶやく声が聞こえた。
間違いなく、斜め後ろの若い子だ。
無意識のうちに雑音は遮断し、若い子の声に聴き耳を立てる。

「仕事中に他社の営業とホテル行ってるくせに。」
きた。
もう野次馬である。

気のせいだろうか。
自分の隣に座っている女性も、本のページをめくる手が止まった。
出発予定まであと十三分。

「嫁ブスなくせに。」
出発予定まであと十分。

ぼそぼそと口にする内容から察するに、若い子はミュートにしてはいるが、まだ会議には参加しているようだ。
しかし他の人の案に確定したのだろう。
もう会議内容など聞いていなさそうだ。

出発予定まであと五分。
残念ながらもう面白い話は聞けそうにない。
アメリカ―ノを飲み干し、テーブルの水滴をティッシュで拭く。

鞄に手帳を入れ、忘れ物が無いかを確認する。

「○○社に言ってやろうか。」

上田の動きが止まった
なぜうちの会社名がでてくる?
もしや不倫相手はうちの社員か?
誰だ。

隣の席の女性は、すでに本を閉じて窓の外を見てる。

誰だ。
どの営業部署だ?嫁がいるということは、不倫相手も女か?
女の営業社員。
せめてその若い子が務める会社が分かれば、なんとなく絞り込むことは出来るのだが。
誰だ。

出発予定まであと三分。
「あー、はい。表紙デザインは前作と似た感じに指示出します。かかっても二、三週間です。販売スケジュールそのままで問題ないです。はい。そのころには書店に並べれると思います。ええ。」
若い子のけだるそうな声が頭に響く。

出版業界だ。

ということは、あの営業部しかない。
あの部署には女性は二人だと聞いている。
数年前に二十代の女性社員が退職して以来女性社員は増えず、人事異動も男性社員ばかりだと聞いた。

メンバーは、一人は四十代前半の細身の係長。
もう一人は五十代中盤のぽっちゃり体型の部長。

両方結婚している。
離婚したという話は聞かない。
ということはW不倫か。

いや待て、そもそも本当にその部署なのか。
別の部署なら女性社員はもっといるし、もちろん結婚していない女性社員もいる。
いや、相手が結婚している段階で、まぎれもなく不倫ではあるが。
もしかしたら男側が結婚を隠して誘ったのかもしれない。
いや、営業時間中にホテルということは、多分うちの会社も勤務時間中だ。
もしかしたら不倫相手は

もしかしたら
私の妻かもしれない。

出発予定まであと一分。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?