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【18日目】『心配』のメカニズムと「モトのムダ遣い」(カンジョウのトリセツ)

◆『心配』とは何か

 今回から

『心配』

という気持ちについての話を始めます。これもまた、厄介な気持ちの一つですよね。心配、というのはどういう気持ちかというと

・外出したけど家の電気を消して来たかなぁ
・今取り組んでいることは失敗するんじゃないだろうか
・うちの子が将来ダメな大人になってしまうんじゃないかしら

という感じの「モヤモヤする」気持ちですよね。

 こういった「心配事」が少なければ少ないほど、人生は楽になります。そうですよね? 四六時中、何かの心配をしなければならない人生なんてスリリングすぎて身がもちません。ですから心配事は減らせるならそれに越したことはないということです。
 では、どうやって減らすのかというと、まずはやっぱりその「メカニズム」を知るところからだと思います。

◆心配のメカニズムと「時間」という概念

 そもそも、心配が「できる」生き物というのは人間くらいなんです。なぜかというと、人間は「時間」という概念を獲得できるほど「アタマ」が発達しているからです。

 確かに、野生で暮らす動物たちも「昇った太陽がいつか沈む」くらいの時間感覚は持っているはずです。ですが、それが続いて「明日」が来て、「今日」が「昨日」になって、それが「一ヶ月」「一年」「十年」と続いて「未来」というものがある、と気づいているかと言われると、それがちゃんと分かっているのは人間くらいだと思うのです。

 さらにいうと、太陽や星の動きを観察して「季節」という概念を編み出し、十二ヶ月を三六五日で割って、一日も二十四時間で割って……という複雑な「暦(こよみ)」を発明できたのも、やはり人間の発達した「アタマ」のおかげです。これのおかげで人間は

「将来」というものがいつか来る

という考えを持つことができるわけです。

 このとき、この「将来」に「イヤなことが起こる」という予測が立ったら「ハラハラする」気持ちが湧いてくるわけです。これが『心配』の気持ちですよね。

 ほかにも「今日言ったことで相手を傷つけてないかな」なんていう『心配』もあります。これは「今」のことじゃないの? と思われるかもしれません……確かに心配しているのは「今」ですが、「今、相手の気持をちゃんと知らない」から『心配』しているわけで、あなたが相手の気持ちを知るのは「未来」の話ですよね? それにもしかしたら、一生その時の気持ちなんて教えてもらえないかもしれません。
 ですから時系列でいうと、相手の本当の気持ちを知るのは自分にとって「未来の話」になる、という理屈です。だからこれも「将来のイヤかもしれなこと」の予測、と言ってしまえます。

◆『心配』の気持ちと「好き嫌いゲージ」

 心配はイヤな気持ちです。イヤな気持ち、ということは「好き嫌いゲージ」が下がっているときに出てくる気持ちです。好き嫌いゲージが下がっているということは「モトが減っている」ということでした。ココロが気持ち(感情)を出してくるのには、必ずこういうメカニズムをともなっているんでしたね。
 ではどうして「心配」するとモトが減るのでしょうか。その詳しい仕組みを見てみましょう。

 たとえば……一週間後に旅行に行くとします。天気予報を見てみたら、一週間後は雨の予報が出ています。こういうとき
「ああ、旅行に行った先で雨だったらイヤだなあ」
という『心配』をするとしましょう。このときのモトの動きがどうなっているかを、例のABC理論で見てみると

A(出来事)=雨の天気予報を見た
B(信念) =雨はイヤなものだ(→イヤな将来を予測する)
C(結果) =雨を心配する気持ち

こういうプロセスになるわけです。

 ここで注目してほしいのは「時系列」です。

 まず「心配をしている」のはもちろん「今」ですよね。ここでまず、自分の「ネガティブな考え」に注目することで、モトが減っています。モトが減るからネガティブな気持ちである『心配』が出てきます。
 そして将来、実際に旅行に行ったとして……そこで雨が降ると「ああやっぱり雨か、イヤだなあ」というネガティブな気持ちになって、もう一度モトを減らします。

 つまりです……この場合だと「今」と「一週間後」の

合計二回、モトを減らしている

ことになります。なんともったいない!!!

◆『心配』は「モトのムダ遣い」

 『心配』という気持ちは、出てくると必ずモトが減ります。ネガティブな気持ちなんだから当然です。どうして減るのか、というとこれまで見てきたように

「将来のイヤな出来事」という「考え」に注目するから

なんです。ほら、ミラーニューロンの話を思い出してください(6日目参照)。僕たちはアタマで考えたことを「疑似体験」することができるんです。このミラーニューロンを使って(無意識にです)イヤな将来を「疑似体験」することで、モトが減るんです。

 その「将来」が来たらまたモトが減るのに、それを予測した「今」の段階でもモトを減らしているんです。これが『心配』の正体なんです。

 だから僕は

『心配』はモトのムダ遣い

と言っています。『心配』というものは、やったらやっただけモトをムダ遣いする感情なんです。

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「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)