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蟲毒と灯火

床に広がる血だまり。鏡の破片。かつて義父だったもの。

――最初から、こうすればよかったんだ。

この屋敷に引き取られた時から毎日の如く私を押し倒し、辱めた男。
力を得た私がそいつを引き裂く事に、まったく躊躇は無かった。
か細く白かったはずの私の腕は、肉塊から引き抜かれた時には黒光りする甲殻に覆われた甲虫のそれのように変わっていた。


顔を上げると、大きく割れた鏡に映るのは幾つもの虫を混ぜ合わせ人型にしたような異形。
それでも私はこの姿を疎ましいとは思わない。
むしろ全てを奪われてきた私に与えられた、たったひとつの……。

「何が起こったの!?」

義母の声だ。私を侮蔑し続け義父の蛮行を見過ごしてきた義母の。
私の感情を憎悪が塗り潰す。
蟷螂の副腕を振り下ろし両腕切断、更に喉笛を引き裂き肺腑を切り刻む。
その時背中に石で打たれたような衝撃。振り向くと猟銃を構えた義兄が立っていた。
今までも酷い仕打ちを受けてきたが、銃を向けたなら相応の報いを受けさせる。

BLAM!

硝煙の中弾丸を払いながら飛蝗の脚力で肉薄し、猟銃を手首ごと叩き落とす。
無様に床を這いずり回るそいつの心臓に蠍針を突き立てると、瞬く間に顔が青ざめぴくりとも動かなくなった。

次は使用人か、そう考えた時……凄まじい破砕音と木の焦げる匂い。


「……成程、つまり君も俺の同類って事か」
焼け焦げた裏門前に見覚えのある顔の赤髪男が立っていた。
あいつは政治家や資産家の邸宅に爆破放火を繰り返す指名手配テロリストだ、断じて同類な筈がない。



……否、断言できるだろうか?


「屋敷の人たちはもう死んでる。金目の物なら勝手に持ってって」
「やっぱりな、俺と同じ目をしてる」
男は手の上で超自然の炎を転がしながら答える。
間違いない、あいつには私の仮面じみた甲殻の内側の姿が見えていて――


――やはり「同類」なのだ。


「で、来るのか?」
「この屋敷の奴らより魅力的そう」

例えそれが、危険な誘蛾灯だとしても。


【――続く――】



スキするとお姉さんの秘密や海の神秘のメッセージが聞けたりするわよ。