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漆黒の存在を知っている

岡崎京子展を訪れたのは2016年だったと思う。この展示会をきっかけにして画家の方と知り合うことがあった。その人も同じ印象を展示会のあるブースについて語っていた。リバーズエッジの展示ボックスだ。

体感したあの空気はどこから流れてきたものだったのかと今でもあの感覚の元を探している。不思議な現象があったわけではないが、でも文字通り鳥肌が立った。漆黒のクロスに囲われたあの場所には未完成の物語があったのだと思う。落ちてゆくひとりの女の子がマッピングされた生々しい情報のシナリオ。貼り付けたままにした無表情を描いたラフスケッチ。

リバーズエッジは2018年に映画化されていて世間でも知られている作品だ。未完の作品ではない。けれどもリバーズエッジの高校生たちに充ちていたあの空気の流れは続いていて、まだ終わったように思えないでいる。リバーズエッジは空虚の始まりだった。一度死滅したであろうこの国の人を狂わせてしまうブラックホールが再びのっぺりと背中に現れてきたのが高度資本主義社会とかバブル期とかと呼ばれてた時代だった。

映画リバーズエッジは良い映画だったとは思っていない。ただ、岡崎京子さんが指差した漆黒の存在をそれぞれがそれぞれなりに、「これからどうしようか」と「信じていること」を語っている映画だと思う。
物語の所々に挿入されているインタビューがそうだし、オザケンの「アルペジオ」もそうだ。

今年はスピッツがニューアルバムを出したり、オザケンがツアーをやるというニュースがあったりして、久しぶりに浮ついた気持ちになる。ブラックホールに吸い込まれるなら、痛くなくて悲しくならない状態で入っていきたい。

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