story My grandma
おばあちゃんはひとり
山で暮らしていた
薬草や香草
木の実なんかを集めて
昔ながらの煎じ薬を作っていた
山道を登って少し開けたところに
おばあちゃんの家はあった
樹々の切れ間に
木漏れ日がさして
近くの沢から
涼やかな風が吹いてくる
時折り小さな動物たちが
家の側を横切って行った
鳥たちは楽しげに
囀りながら空を舞った
幼い頃の私にとって
そこはまるで別の世界に来たようで
少し怖いような
でもどこかホッとするような
そんな場所だった
天井には太い梁があって
灯取りの窓からほんのり
日が差している
燻された匂いの染みた
しんとして薄暗い空間に
所狭しと乾燥させた草花があった
天井から束になって下げられたものや
葉や花びらだけを小瓶にいれたも
すっかり乾燥しているはずなのに
どの草花を見ても美しく
まるで生きているようだった
遊びに行くと
おばあちゃんは
香草に蜜と花びらを散らした
お茶を淹れてくれた
初夏の野原に揺れる
可憐な小花に蜜蜂が訪れて
飛び回っている景色が思い出された
今年はキツネの親子が来なかったねぇ
とおばあちゃんは言った
どこか他の山へ
移ったのかもしれない
私もずいぶんとこの山にお世話になった
…そろそろ山を降りようと思うよ
おばあちゃんの暮らす山は
来年からリゾート地になる
工事が始まる
おばあちゃんは不思議な天盤を
眺めながら私に言った
時代は変わってゆくものさ
変わってゆくものを
どうすることもできない
だけどね
おばあちゃんは私を見た
ここで暮らした思い出を
生き物たちのを営みを
お前は忘れないでおくれ
どんなに時代が変わっても
命は続いてゆくのだから
ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。