夜のくわだて
多分、今に始まったことじゃないのだが、夜、家の中で物音がすることに気づいた。
それは2階ですることもあれば1階ですることもあった。
物騒ではないか。
家人が休んでいる間に最近流行りの強盗など入っているなら、さすまたで撃退しなければならないし、再発防止のために侵入経路を特定する必要もある。
ところが、確認しても荒らされた形跡はない。多分。いや、主夫であるぼくがズボラなので家の中が常にとっ散らかっており、物盗りに少しぐらい荒らされても気づいてないだけかも。ともかく被害はなさそうだとわかった。
しばらく、家にいる間は神経を張り詰めて過ごした。わずかな物音にも耳をそばだて、羽虫の音にも振り返るほどに神経を研ぎ澄ましていた。
その結果、音は両階のトイレから聞こえていることに気づいた。
誰かが勝手に使っているのか、断ってくれたらトイレぐらい貸すぞ。ぼくは昔からそうしてきた。子供の頃、実家に近所の工事関係者が訪ねてきて、「トイレ貸してください」というので、今のようにコンビニがそこら中にある時代じゃなかったから「どうぞ」と貸した。後で帰宅した母に「知らない人に貸さないで」と言われておどろいた。「なんで?」と聞くと、どんな人かわからないし、そう言う人って大きいウンコしそうだから、、、」確かに肉体労働の人はもりもり食べて体も動かしてるから健康的なのが出そうだな。しかし、家族のそれぞれがどんなウンコをしているかだって情報交換してるわけじゃないから知らないのに・・・。まあそれはいいや。
とにかく他人が使ってるわけじゃなかった。トイレが自発的に何かしてるらしくチョロチョロと水の流れる音とモーターの音がウィーンウィーンと聞こえる。主の知らない時に勝手に・・・。
これっていわゆるAIがシンギュラリティを迎えて人間に反乱を起こす的な動きの初動だったりしないだろうか?だって何も命令などした覚えはないのに。しかも、家人に訊くとウォシュレットをふだん誰も使っていないことがわかった。もちろん訊く時はうんと小さい声で耳元で喋るようにした。トイレに聞かれないように。
ウチの便座ってAI搭載だったかな?・・・必要か?季節や気温に応じて家族の一人一人に合わせた温度と水勢の好みを記録しておき、肛門認証で即座にそれを実現する。初見の肛門はネットを介してTOTO中央管理センターに毎日送られてくる数千万件の利用者の肛門ビッグデータを参照し、AIで適切な調節を行う、とか。それならAIが役に立ちそうだ。でも、そもそもネット繋がってたかな・・・。
ともかく、動いているのに気づいてトイレに駆けつけるとその動作は終わっていて何事もないということが続いた。あるいはトイレはその企ての途中でぼくの警戒に気付き、意図した行動を完遂する前に中断して舌打ちでもしているのかもしれない。
ぼくはジャブ中の被害妄想じゃないかと疑われるほど、いろんな可能性を考えた。
ウォシュレットのノズルの1番奥から超小型カメラがニョキっと出てきて、その部分についた汚れを洗い流すふりをして、ついでにこの1週間かそこらで密かに撮り貯めた排便時の局部の動画や高精細画像をネットを介して西東京あたりにあるTOTO中央データセンターに送り、適切な編集や画像処理を行って商品化されたものを極秘サブスク会員(もちろん変態たち)に定期配信し、巨万の富を築き、それが国際金融資本や北朝鮮に流れているとか。
そこで、音がした時にダッシュで駆けつけると、やはり思った通りノズルの洗浄をやっている風で勝手にノズルを伸ばしたり引っ込めたりしながらチョロチョロやっているのである。改めてマニュアルを調べてみると、定期的に洗浄をするメンテナンス機能がオンになっていて、そのせいだったので設定をオフにしたらもう音はしなくなった。シンギュラリティは我が家ではまだきていなかった。でもAI非搭載の家電の方がとっくに人の知能を超えていると思う。
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