⑥ ChatGPTなどの動作原理と「生きづらさ」
人が「生きづらさ」を感じるようになるのは、単発の「痛み」がそこにあるだけではなく、一定の中長期的な「反復」によって、「学習」がなされるのではないか?
……というのが前回の最後に仮定した「生きづらさの発生仮説」であった。
では、ベタベタで、基礎基本ではあるものの「学習」とは何かについて、あらためておさらいしておかねばなるまい。
そして奇しくもこの話は、今をときめくChatGPTなどの「人工知能や自然言語処理AI」が、何をどのように「学習」してゆくのか、の話にも結果的に繋がってくる。
そこで、合わせて「人工知能における学習」についても、おさらいしておこう。
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「学習」とは何か、について、誰もがまっさきに思い浮かべるのは「パブロフの犬」についての実験である。
これは「古典的条件づけ」と呼ばれるもので、「ある刺激を別の刺激と関連させて覚えさせるもの」である。パブロフの犬の実験では、ベルを鳴らした後でエサを与えると、犬はベルの音を聞いただけでよだれを垂らすようになった、という話だ。
これは犬とよだれの話なので、クスッと笑ってしまうが、実は「トラウマ」もおなじ動きだと考えれば、とたんに笑えなくなるだろう。
ベルを鳴らした後でひどいめに遭わされ続ければ、ベルの音を聞いただけで恐怖を感じるようになる……。まさに生きづらさは、「古典的条件づけ」でも生じる可能性がある。
もうひとつ、学習においては「オペラント条件づけ」と呼ばれるものがある。
これは平たく言えば「こうさせたいと思う行動をとらせて報酬を与え、こうさせたくないと思う行動をとったときには罰を与える」といった行為を言う。
これまた「生きづらさ」を感じる人には覚えがあろう。親によって、あるいは周囲によって何度も「望ましいとされる行動を取るか取らないかで、態度を変えられた。報酬や罰を与えられた」という記憶は、それこそトラウマになるほど体験があるかもしれない。
このように考えてみれば「生きづらさ」を発生させる要因として、とてもベタで申し訳ないくらいなのだが、「古典的あるいはオペラント条件付け」を感情OSレベルで反復して「学習」させられているということが挙げられるかもしれない。
逆に「え?そんなに人は単純なの?」と思うかもしれないが、宗教2世などの体験、被虐環境の様子を見聞きしていると、
”なんども意識的、無意識的に繰り返される教義を元にした条件づけ”
という親の行為が、子どもの人格を「生きづらい」方向へ「学習」させていることが推定される。
まさにその「刷り込み」は成功していて、そのために、宗教2世の多くは、40代、50代、60代になっても生きづらさが解消していない事例が多数見られる。
ちなみに余談だが、「学習」における「刷り込み」は、特定の別の意味で用いられるので、これにも触れておこう。
「条件づけ」の場合は「何度もその学習が行われる」という特徴があった。そのために、ある程度長い期間をかけて、その行為がインプットされてゆくのだが、「刷り込み」は時間をあまり必要とせず、速く結果に到着する。
典型的なのは、「鳥は卵からかえって、最初に出会ったものを親と思う」という有名な話である。
こちらは時間を必要とせず、瞬間的に学習が定着する、という特徴がある。ところが、この「刷り込み」が成功するには、「本能的な要素」が必要だったり、条件が必要だったりする場合も観察されている。
たとえば、鳥が親と思い込む場合は、相手の身長が高すぎると親代わりとして認識できないなどの事例があるようだ。
もちろん、現段階では「人間には生きづらさの刷り込みが起こりうる」かどうかはわからない。ただ、親による虐待などが原因の場合は、瞬間的に生じるものや、中長期的に学習によって生じるものが絡み合っていてもおかしくはない。
なぜなら親子の場合、少なくとも生まれた瞬間から中長期的に、もっとも長く、密接に触れ合っている可能性が高いからである。
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さて、中間まとめである。
『感情や「生きづらさ」の正体は、肉体をベースとした感覚器官と、感情OSとも言うべき、人間を動かすベーシックなプログラムとの間で「何らかの学習」「反復」「条件づけ」が起きているのではないか?』
ということだ。
そして、これは赤ちゃんの段階から、比較的長い期間そのように「インプットされ、学習によって強化されてきたもの」であるがゆえに、
”何か魔法のように、瞬時に生きづらさが解消したりはしない”
ものだとも推定できうる。
被虐待者や宗教2世の事例などを観察していると、
■ 大人になっても、生きづらさや過去への思いをかなり長く引きずっている。
■ 結婚や地位の安定、経済的自立を確立していても、その生きづらさは解消していない場合が多い
■ フラッシュバックのような症状や、トラウマ的行動など、条件づけに類した行動パターンが見られる
ということが言える。
こうしたネガティブな動きが、感情OSの部分にしっかりとインプットされて、定着しているから、その後の人生の身動きが取り辛くなっている可能性が大きいのではなかろうか。
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さて、問題はここからである。
そうした生きづらさは、「後天的に取り除くことが可能なのか?」という疑問が生じる。
つまり、パブロフの犬が、ベルのことを忘れるにはどうしたらいいのか、ということである。
これまたベタで単純に考えられるのは、「新たな条件づけと学習を行う」ということだろう。パブロフの犬に「ベルと無関係にエサをやる」という別の強化学習行為を続ければ、犬はベルというトラウマから自由になれるかもしれない。
しかし、だとすれば妙だ。結婚したり、経済的に自立したり、安定した暮しをしている人は、いわば「新しい環境によって、新しい学習」を多数得ているわけで、彼らは既に「ベルの記憶を塗り替えられている」はずである。
それでも、彼らが生きづらいのはなぜだろう。
これはまだ研究の余地を残す課題だが、ひとつには
「親がまだ生きていて、その親となんらかの関わりがあって、その親が以前と変化していない」
ということは考えられないだろうか?これはある意味、恐ろしい話で、実は親が生きていて、関わりを持つ以上
「後ろでベルが鳴りつづけている」
ということになりはしまいか?
ここまでくると、犬にとってもホラー以外のなにものでもない。せっかくベルを乗り越えた、克服した、忘れたと思っていても、実は親が生きている以上、「ベルはずっとうしろで鳴りつづけている」「新たな関係性の学習が現在も続いている」ということになる。
そりゃあ、生きづらさは消えないだろう。それは、現在進行形で、まだ形成され続けているのだから!!!
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ここまで自分で書いておきながら、そのホラー度合いにぞっとしてきたわけだが、となると
「それほどまでに継続して学習と条件づけを与えられている存在」
のOSを書き換え、塗り替えるには、
「より大量のデータ(安心と信頼に関わるもの)を外部から送り込まねばならない」
ということになる。それは勝手に、自動的に、書き換わったりもせず、あるいは「時間が解決・解消してくれる」わけではない、ということだ。
「生きづらさ」が幼少の頃からのネガティブな体験と記憶と条件付けと学習の積み重ねで出来上がっているのであれば、
■ それ以上にポジティブな体験と記憶と条件付けと学習
を外部から与えられなくてはいけない、ということになる。
まあ、悲しい話だが、そんなものを自動的に外部から与えてくれる「社会」や「機関」や「システム」は存在しないから、
■ よほど幸運に恵まれて、それを与えてくれる愛情のある他者にめぐり逢うこと
くらいしか、現実的な解決法はないかもしれない。
カウンセリングが「効かない」のも、こうしたところに理由があるかもしれない。カウンセリングや自己分析が明らかにするのは、
■ 『あなたは親や当時の環境によって条件づけや学習がなされていますね』
ということを発見してくれるだけで、新しい学習や条件づけ(=つまり、まるごと愛してくれること、ふつうの親子の情愛を注いでくれること)を与えてくれるわけではないからだ。
だんだんと書いていて「救いのなさ」にげんなりしてきたが、それでもまだ他に方法があるのではないか?と私なりにあがいてみたい。
さて、字数がオーバー気味なので次回にまわすが、実は「学習」は今回取り上げたような「基礎的な」「基本的な」「ベタな」ものだけではない。
近年にわかに注目されるようになってきた「深層学習」というものがある。それこそが「ディープラーニング」とも言われる、
”人工知能、AI、自然言語処理の新たなステージを切り開いたもの”
なのだが、次回はその「深層学習」が生きづらさの解消に使えるのか?それとも役立たないのか?あたりを追求してゆこう。
(つづく)
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