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「脱宗教」の教科書10 頼るものなき世界で生きる


 さあ、いよいよ「脱宗教」のお話も総まとめに入ってゆきましょう。

 まず、旧来からの「宗教」から卒業し、自分の生まれ育った「歴史」に目を向けることを考えました。

 あるいは、この世界は「無神論」「無宗教」に限りなく近く、ドライであることも理解しました。

 じゃあ、僕たち私たちは「何を頼って生きていけばいいの?」「何をよすがにして生きていけばいいの?」ということが最終章です。

 これはある人たちにとっては残念なことですが「脱宗教」ということは、いままで頼っていた先を失うことでもあり

”放り出された”

のと同じでもあります。つまり、自分自身の力で生きていけ!という風にも、捉えることができるからです。

 もちろん、「頼る先」が完全に失われてしまうのは恐ろしいことです。だから21世紀22世紀の現代でも、宗教はなくならず「弱き者」の心をいつまでも吸い寄せているわけです。

 
 とはいえ、希望がないわけではありません。私たちは宗教を失っても、しっかり生きてゆくことができるのです。


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 この連載を通じて、「この世界は空想である」ということをお話してきました。人類というのは、与えられた環境を生き延びるために、いろいろな空想をしながら発展してきたわけです。

 その初期段階では「宗教や神」はとても便利な機能を果たしました。科学が未発達な時は、自分たちの身の回りで、宇宙や世界に何が起きているのかよくわかりませんでした。

 だから「宗教や神」を空想し、仮説を立てながら、「たぶん、こういう理由でこうした現象が起きているのだ」と納得していったのです。

 近現代に入ると、「科学」という形でその空想と検証が進んでゆくことになりました。ニュートンは錬金術師でしたから、初期の科学者は宗教と科学の狭間を行き来しながら、「空想と検証」作業を行ったのです。

 地動説や天動説が宗教裁判と関わったことも、みなさんはよくご存知と思います。

 20世紀は科学の時代となり、人類は月にゆき、放射能の使い方まで覚えてしまいました。共産主義は神を否定し、資本主義は「自己責任」を主張しました。

 長い人類史の中で、世界や社会全体は「少しずつ宗教色を薄めながら、それを科学に置き換えつつ進んできた」と言えます。

 けれども、人類はまだまだ宇宙のすべてを解き明かしたわけではないので、カルト宗教がはびこったり、インフルエンサーに心動かされたり、原子力発電所が爆発したりしながら

「科学オンリーで、本当にいいのか?宗教と神を、全部消してしまっていいのか?」

と自問自答しながら、まだその途中の段階にいるということなのです。

 2022年現在、実はまだこの問題の「途中」にいるので、僕たち私たちは「宗教と神なき世界」には到達していません。


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 では、今がまだ途中の段階であることはよいとして、人類はどこに向かっていて、何を目指しているのでしょうか?

 それは、もうわかっています。人類がやってきたこととやろうとしていることは実はあまり変わっていないからです。

 結論は

「空想をする。そして検証をする」

の繰り返しです。

 ロシアや中国のような専制主義がいいのか、アメリカのような自由主義がいいのか?

 資本主義のほうがいいのか?社会主義のほうがいいのか?

 原発を活用したほうがいいのか?やめたほうがいいのか?

 実は、これらには「答え」はありません。以前の話に出てきたように「利害関係」ですから、どちらかがうまくいけば、うまくいかない側が出てきます。どれだけ人類が空想し、仮説を立てて頑張っても、「良い面と悪い面」の両方がかならず出現します。

 だから人類は、おそらく滅びるその瞬間まで「空想し、検証し、修正し、また空想する」のだと思います。


 太陽の水素エネルギーが切れたら、私たちが住む太陽系については「電池切れ」でおしまいになるわけですが、その時もきっと

「おしまいになるほうがいいのか、宇宙船で脱出したほうがいいのか」

を空想して、検証して、どうにかなっちゃうでしょう。それも正解はありません。

 正解はただ一つ、「太陽は電池切れになる」ということで、それは一番最初に神が「これでいいのだ」と設計したとおりです。


 ということは、宗教なき世界、正解なき世界で僕たち私たち人類がなすべきことはただひとつなのです。

「空想し、考え、より良いだろうと思われる方向をやってみる」

「やってみるけれど、それは絶対的に正しいものではないだろう」

ということです。

 そして、それはあなたやわたしたった一人ではできません。社会や世界や宇宙に立ち向かうことは、一人では不可能だからです。

 だから家族で、地域で、国家で、世界で、これをずっとやってゆくのです。

 それが神なき世界での人類の生き方です。


 だから、「自分一人で生きてゆけ」ではありません。

 みんなで生きてゆくのです。

「自己責任」でもありません。

「みんなで明日の人類を築いてゆく」のです。


 利害関係はあるでしょう。でもすり合わせましょう。そうしないと滅びるからです。

 これが正しい!という絶対的なものはありません。それをぶつけあうと滅びるからです。

 神は助けてくれません。だから人類が助け合わないといけないのです。

 頼るものは、もうありません。だから、あなたの力が必要なのです。みんなの力が、少しずつ必要なのです。それが世界であり、この宇宙の内部で起きていることなのです。


(おしまい)

 

 



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