3_4_化学屋の進路指導

「教科書に書いていない勉強法」シリーズ-4
【化学屋の進路指導】
 進学の季節になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。そろそろ化学屋として化学のお仕事について書いた方が良いのではないかと考え、キーボードの前に座ることにしました。化学の守備範囲は非常に広いので全ての分野を補完できるものではございませんが、1人の化学屋が観測した範囲でのお仕事とそれに適した性格などについて書いていくことにします。


1.理学部・工学部の卒業後
 化学の仕事の内訳を説明する前に理学部・工学部を卒業後の話をしましょう。注意点として、ここでは生物系は農学部・薬学部・医学部として扱います。地学系も除外します。地質学の方と一緒に仕事をしたこともあるのですが、n数が少ないので説明ができません。
 理学部・工学部或いはその大学院を卒業し、その知識や技術を使う仕事はそこかしこで見ることができますが、化学となると数は大きく減ります。後でも説明しますが、機械・電気・電子情報(IT)が天下を三分し、その余りが化学の仕事です。盛っているだろうとお思いかも知れませんが、私が見てきた求人はそんな感じでした。担当者が「化学も増えていますよ!」などと言っても見せられる求人票は前述の3種類でした。
 化学の仕事が少ない一番の理由は、使う薬品や廃棄物が小規模の事業所では扱えないからだと思います。特殊な薬品は高額ですし、運用するにも特殊な施設が必要なことがあります。実験後に出てくる正体不明の危険な物体Xを処理するにも金がかかります。工場などの運用がしっかり決まった場所では対策も取り易く運用コストが下がりますが、運用に必要な知識や技術は機械・電気・電子情報なので化学の出番は減ります。従って、化学の知識や技術を使う仕事は他の”技術系”と比較して少なくなります。
 大学に残ると言う手段もありますが、運と金と精神力が全て必要です。博士号も必要ですが、少なくとも日本では博士号を取っても利点がないのでお勧めしません。どうしても博士号が欲しいのであれば企業で取ることをお勧めしますが、これまた運が必要です。


2.化学の仕事の分類
 私は化学の仕事には大きく分けて2つあると考えています。私は「研究」「分析」と呼んでいます。私以外にもこの分け方をする方は多くいらっしゃるので業界ではそれなりに通じると思います。
 研究はその名の通り、新しい物質や技術を作るための研究です。分析は工業製品が規定通り作られているか確認したり、身の回りに危険なものがないか調べたりする仕事です。
 製造や生産の仕事もありますが、製造はどちらかと言えば機械や電気などの分野が多く、生産は研究か分析に寄った内容が多いです。従って、研究と分析に分けて書いていきます。


2-1.分析の仕事
 順番が逆になりますが、先に分析の仕事から説明します。
 分析の仕事も2つに分けることができます。研究の補助と品質の検査です。


2-1-1.研究の補助
 研究の補助は研究で作られたものを分析の専門職として分析します。基本的に研究側の依頼者から試料を受け取って依頼内容の通りに分析するのですが、時として研究内容にかかわることがあります。例えば、ただ依頼通りの分析を行うのではなく、本当にその分析内容で知りたいことが分かるのかを問い質すこともあります。分析機器の選択やそもそもの分析の必要性を指摘することもあります。
 従って、研究の補助の分析を希望するのであれば、ただボタンを押すだけの係になってはいけません。必ず、自分が使う分析機器の原理を深く理解するとともに、簡単で良いので似たようなことができる他の分析方法についてもある程度の知識を持っていなければなりません。さもなければ間違った分析を勧めて間違った答えを出して依頼主を迷宮に突き落とすことになるでしょう。
 この仕事は職人気質の性格が向いていると思います。


2-1-2.品質の検査
 品質の検査は決まったものを決まった手順で分析し続ける仕事です。例えば工業製品が予定していた性能を持っているか、自然から取ってきた原料を精製した後にいらない物質が混じっていないかなどを調べます。水道水の検査を考えれば分かり易いと思います。
 面倒臭くて、退屈で、何も得られない仕事と思うかも知れませんが、この仕事こそ毎日の人々の生活を支える重要な役割を担っています。「毎日」とか「いつもの」と言う言葉が如何に厳しいかが良く分かる仕事です。毎日同じ行動によって同じ結果が導かれるので、外れた値が出ると大騒ぎすることになります。
 この仕事は毎日が同じ調子で巡っていくことに安心を覚える方に向いていると思います。


2-2.研究の仕事
 続いて研究の仕事を説明します。ご想像の通り、新しい物質や技術を作る仕事です。新しいと言っても完全に新規のものから以前作ったものの改良まで様々です。過程としては、計画立案から工場への移管までの一部或いは全てに関わります。物質は原料を加工して作る材料や複数の材料を組み合わせて作られる複合材料から部品、装置まであります。技術は作る技術もあれば作られたものを壊して原料や資源に戻す技術もあります。節操なく言ってしまうと思いつくものはなんでもやります。
 しかし、何でもできると言うことではありません。文字通り万能ではないと言うのもそうですが、化学は余りに守備範囲が広いので満遍なく身に就けようとすると中身が薄っぺらくなります。前述の取り扱う範囲(新規性や過程の話)の話は研究室や部署に因って大きく変わってくるのである程度運任せになってしまいますが、分野に関しては何を学ぶかをしっかり考えてから進むようにしましょう。大学で隣の研究室が何の研究をしているか分からないことがあるくらい細分化されているので、研究室に入ってから軌道修正するのは至難の業です。
 とは言え、企業に入ってから他の分野を学ぶことやそちらの方々と組むこともあるので一つの分野しかできないとは限りません。柔軟に対応できるようにしておきましょう。


2-2-1.研究に向いた性格
 さて、分野の話はそちらの専門の方に当るしか知る方法はないのでここまでにして、どの範囲の仕事をするにはどういった性格が向いているかを書いていきます。
 先ず、新規性の研究を行う場合です。程度の問題ではありますが、全くの新規と言うことは滅多になく、その研究室や部署がそれまでに取り扱った技術・材料・装置などを流用した新しい研究を始めます。全く新規の場合は何から何まで自分で用意しなければなりません。基礎知識を持った人、道具や材料の購入ルート、廃棄物の処理などなど誰も知らないので企業であればほぼ企画が通らないでしょう。従って、それらの準備が整った安全な状態を確保して始めます。とは言え、整っているのはお膳立てだけなので油断すると何が起こるか分かりません。予想しない事故が起こったり、失敗が連続したりと上手くいかないことが普通です。そう言った問題・事故塗れでも平気或いは楽しめる方が向いています。
 これが、既製品・技術の改良のみを行う場合はかなり変わってきます。前作を少し弄って安価にしたり、客の注文で特注品を作りながらテストしたりするくらいで、基本的な操作は変わりません。原料の製造元が違ったり、添加物を変わったりする程度です。工場で設定を変えて作る程度の生産量ではないので実験室が工場になっています。研究所であっても「受注」「納期」「検品」と言った製造部門で使われる言葉が聞こえてきます。世界史或いは中学の歴史で習った”工場制手工業”を彷彿とさせる何かです。隣の部署の方が「あれは研究所でやるべきことなのか?」とぼやいていましたが、研究所なので一応紹介しました。この仕事は既に出来上がった手法に僅かな変化を付けて結果をまとめるだけなので研究にも関わらず非常に安定しています。安全な橋を渡りたい方、失敗したくない方が向いています。最近話題になっている失敗せずに手っ取り早く成果を出したい方はこの手の部署に行った方が良いですね。
 続いて、実験室から工場までのどの過程にいるかと言う問題です。私は珍しく実験計画から工場での技術指導とその後のデータの解析まで一貫して関わる機会を持ちました。これは派遣であってもそうですが、正社員であっても必ず全てに関わるとは限りません。時々、「工場移管は化学の仕事ではない」と勘違いする方々もいらっしゃいますが、実験室と工場の違いを把握して的確に助言を与えたり新技術を作り出したりできるのは実験室での経験があればこそです。何も知らない人に手順書だけを渡して仕事をしたつもりになる人は非常に危険です。その辺を分かっている工場移管の担当者は実験室の担当者と綿密な打ち合わせを行い、余裕があれば自ら実験装置の操作を行います。
 実験室だけの担当である場合はある意味他者のことを考えずに没頭できます。他人に真似できない職人技を編み出しても問題ありません。素質だけで突っ走って他者との関係は最低限の方に向いています。
 一方で工場移管の担当であれば逆に他の分野(機械・電気・電子情報など)の方々との折り合いを付けなければなりません。実験の素質は不要ですが、現場の把握や説明の能力は必須です。良く知らない分野の方々と接しても苦痛を感じ難い方に向いています。


2-2-2.研究の仕事の果てに
 最終的に研究の仕事を選んだ方々がどうなっていくかを書いていきます。
 「やりたいことをやるためには偉くなれ」とは言われますが、研究の仕事の場合は一筋縄ではいきません。むしろ逆方向に向かった方々を見ることが多いです。つまり、偉くなって自分が望んだ研究の企画を通せるようになったら上層部に呼び出される機会が増えて実験室にいられなくなります。複数の企業で実験室に逃げ込んでくるチームリーダーを見ることが多々ありましたが、高確率で呼び出しを喰らって何もできずに出ていきました。(せめてもの情けです。「会議室に帰る」とは言わないようにしましょう。)
 前述の工場移管の話も基本はチームリーダーがお膳立てをするのですが、実務は部下がやる事が多いです。研究側と工場側が会うときにはリーダーは別のことで呼び出されているからです。報告だけ聞いて指示だけだしておけば良いと考えるか、実際に肌で感じたいと思うかはそれぞれだとは思いますが、化学が好きでやっている方々は会議室が嫌いです。


3.最後に
 いかがだったでしょうか。ざっと化学の仕事とそれに向いている性格を並べてみました。本稿は子供の頃は化学が嫌いだった大人たちを対象としていますが、これまでは余り興味のない世界が見られたのではないでしょうか。そして、お子様をお持ちの方々はほんの少しだけ参考になったのではないでしょうか。これを機に化学に興味を持っていただければ幸いです。
 では最後に時々ぼやく台詞で閉めておきます。
「化学は面白いけれど化学の仕事は止めておけ」

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