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【小説】念願(後編)

前編の続きです。
 
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 それでは後編をどうぞ!


 洗面台の鏡に映るスーツ姿のロボット。
 前職以来のスーツ姿に感慨深さも何もない。
 俺はロボットなのだから。
 肌寒くなってきて、人間だと思っていたころだと人肌恋しいと感じていただろう。
 今から一年と少し前、俺は気が付いた。俺の生きにくさは、人間ではないということを自覚していなかったせいだ。
 グーグルの画像認証を解けないことでようやく自分の生き方が分かった。グーグル先生は本当に優秀だ。何でも教えてくれる。
 そして、ロボットらしく人間の仕事を奪ってやろう、と決めた。
 手始めに公認会計士の資格を受験した。
 ロボットに奪われる仕事の筆頭だ、とネット記事を読んだ。記憶が得意なロボットの俺なら絶対に合格できる自信があった。
 この一年ひたすら勉強した。自分はロボットだと思えたから、苦しくはなかった。勉強中は誰からも干渉されない。だからむしろ心地よさを感じた。
 来る日も来る日も机に向かった。この一年ご飯も最低限しか食べなかった。必要な栄養はサプリで補った。
 自分のお腹を見る。そういえば、スーツのベルトの穴が一つ分細い方でいけた。そうじゃないとズボンが落ちる。
 結果はあっさり合格した。本当に拍子抜けだった。
 デスクには無造作に置かれた合格証書がある。
普通の人ならこれをSNSに写真を載せたりして、喜びをなんとかして表現するだろう。
 やっぱり俺はロボットだと確信をもった。簡単に合格できたからだけではない。別に嬉しいという感情もわいていないからだ。ロボットだから、当然の結果だとしか思えない。
 そして、次からは第二ステージだ。もう一度就職しなければならない。
 面倒くさいことに筆記に合格しただけでは公認会計士を名乗れない。
 実務経験を二年積みつつ、実務補修を三年かけて受けて、修了考査を受験することで晴れて公認会計士を名乗って監査業務などができる。
 俺の圧倒的な記憶力ならば、そんなことは必要ないだろうが、法律で決まっているので仕方がない。
 そういうわけで今はとにかく監査法人に就職をしなければならない。
 監査法人は企業の財務諸表に誤りや粉飾がないかを確認するのが主な仕事だ。
 そして、公認会計士に受かった者は大手監査法人に一斉にエントリーする。ここで乗り遅れてはいけない。
 俺は試験終了後から受かった手ごたえはあった。だから、すぐにエントリーシートや面接で何を話すかを考えた。
 俺は洗面台の鏡をもう一度見た。スーツに着替えたし、身だしなみも整えた。あとは腕時計をはめてカバンを持って家を出るだけだ。
 時間はまだある。
 俺は部屋に戻ってデスクに向かった。公認会計士の参考書が目に入る。もう必要はないだろうが、今後の仕事でまた使うかもしれない、と捨てられずにいる。
 カバンからノートを取り出し、一ページ目を広げる。
 左上には『志望動機』と書いてあり、それに対応した答えをその下に書いた。更には自己PRや働いていた会社を辞めた理由、他にも聞かれるだろう質問を全部ノートにまとめて覚えた。
 面接中、相手の言葉をくみ取って、話をすることはできない。俺はロボットだから。それ故、あらかじめ話すことを決めないといけない。
 それに、俺は心なんてものはない。仕事に対して何がしたい、という感情はない。だから、作り上げるしかない。
 就活の時もこうやってノートを作った。最初は志望動機や学生時代に頑張ったことなどの定番の質問だけを練っていたが、想定していなかった質問がくると答えに窮してしまった。エントリーシートは答えを考える時間があるから通過率は悪くなかったのに、だ。
「あなたを家電に例えるとなんですか?」
 思い出されてしまう。面接官の無駄に上からな目線と得意げな声、そして意味が分からない質問。
「あ、えっと……」
 まさかこんなバカな質問がくるとは思っていなかった。脳がショートした。
 何も答えられず頭が真っ白になってその後の記憶はない。
 それからは学習して、どんな質問がくるかをできるだけ考えて、インターネットでも調べて暗記して就活に臨んだ。それでなんとか内定をもらい入社したのが、前の会社だった。
 今回は大丈夫。
「私を家電に例えると冷蔵庫です。教えて頂いたことやどんな情報も使える状態で保管できます」
 背筋を伸ばし、壁に向かって声を出してみた。もし、前みたいに「あなたを家電に例えると?」と尋ねられたときの答えだ。
 完璧に覚えられている。
 他にもネットや本、SNSの体験談から質問集を作って、すべての答えを暗記した。更に、今回は合格した先人たちの答え方もデータとして詰め込んだ。
 俺はロボットだ。学習してからではないと、何もできない。人間とは同じようにはいかないのだ。
 時計を見る。家を出る時間になった。
 俺は立ち上がる。順風満帆なロボット生を夢みて。
 
 *

『選考結果のご連絡』
 スマホの通知画面に映し出された文字。
 新卒で就活していた頃に見飽きた件名だ。
 最初に面接を受けた監査法人からのメールだった。
 次の選考に進める場合、『次回選考のご案内』というような件名で送られてくる。
 いちいちメールを開かないで結果が分かるようになったのは時間効率的に非常にありがたい、と思うしかない。
 メールのアプリを開かず既読にする。
 デスクには面接対策のノートとボールペンだけがある。
 明日も面接だから無心で見直しをしていた。
 俺は伸びをしてデスクの真横にある窓の外を見る。空がすっかり寒そうな色をしている。少しオレンジがかり始めた空色。同じ青色の空でも夏のほうが濃い青に見える。
 ロボットだからかなんとなく季節によって違う空色の識別ができる。 
 俺はもう一度ノートに書いてある、志望動機を見る。一番大切な項目だから見直しに余念はない。
 監査法人は就活のときのような変な質問は来なかった。だから、きっちり答えられたはずだった。覚えたことをスラスラと言えて、引っかかりはなかった。面接官の反応も悪くはなかったと思ったのに。
 納得がいかなかったが、憂いていても仕方がない。そもそも憂うことがロボットにふさわしくない。
 まだ持ち駒はたくさんある。
 できれば大手監査法人にいきたいが、中堅の監査法人にも一応応募した。返事がないところもあるが、ほとんどが書類選考を通過している。
 大丈夫。ロボットに向いているはずの公認会計士だ。こんなところで躓くわけがない。
 明日受ける監査法人の志望動機、自己PRをもう一度確認する。
 次に受ける監査法人は日本の名だたる大企業、その中でも製造業を多く担当している。大昔から日本経済を支える核となっている製造業を担当しており、自分も我が国の縁の下の力持ちになりたい。そして、この監査法人ではローテーション制も敷かれている。ゼネラリストとして様々な業務に携わっていきたい、ということを話す。
 これは実際に採用されたという体験談をもとにしている志望動機だ。
 監査法人側が実際にその理由で採用したのだから、間違いないだろう。
 自己PRも公認会計士として必要な正確性と、地道な作業への適正を前の仕事での経験を交えて存分にアピールするつもりだ。
 ロボットらしくしっかり分析できている。それに話すこともきっちり覚えた。
 俺は自分はロボットであると、言い聞かせる。
 窓の外では子どもの無邪気な声が聞こえた気がした。

 あれから、十社以上受けた。そして、落ち続けた。
 なぜ落ちるのだ。
 実際に受かった人の選考体験談や公認会計士の人の個人ブログ、SNSも見て、内定に向けて準備を進めた。
 就職エージェントは使わなかった。彼らは人間だ。ロボット用の就職をサポートできるはずがない。
 ロボットらしく合格率が高そうな体験談を採用して、自分らしく話した。
 コミュニケーション能力が求められそうなら、営業をしていたことを猛アピールした。
 英語力が求められるなら、まだ勉強を始めたところだが、公認会計士を一年で合格したことも交えて勉強は得意だからすぐに身に着けられる、と潜在能力があることをアピールした。
 業界研究も企業研究もしっかりしたはずだ。
 監査対象の企業の違い、社風、ジョブローテーション、ありとあらゆることを調べた。
 それなのにどこの面接官も似たようなことを言ってきた。
「お話は分かりました。ただ、それ清村さんの本当の言葉ですか?」
 どの監査法人でも遠回しに言われた気がする。
 ありがたいことに監査法人の面接官は直接的な言葉でこちらを攻撃してくる、いわゆる圧迫面接はなかった。
 ただある監査法人では、「これからの清村さんのためにあえて言わせてください。話している内容は良いですけど、あんまり心がこもっている様には見えませんでした。心とか変な話だとお思いかもしれませんけど……。私たちも人対人のお仕事ですので……。できれば、あなたのことをきちんと知りたいと思う会社さんも多いと思います。一緒に働く様子を想像させていただけるとありがたいです」と言われてしまった。
 優しい言葉でのお説教に「ありがとうございます」と言うしかなかった。
 もちろんその監査法人からは『選考結果のご案内』という何通目か分からない件名のメールが届いた。
 その面接官は知的で清潔感を漂わせていた。七三分けもおしゃれで人生に苦労したことがなさそう。それでいて嫌味がない。まさにできた人間だった。
 俺はロボットだから、羨ましいとかいう気持ちがあったわけではない。ましてや嫉妬心もわかない。
 フィルターを通さず面接官の言葉を聞けたはずだ。でも、言われたことが理解できたわけではない。一緒に働く様子なんて、想像できるわけがないだろう。一緒に働いていないし、働くところを見せたわけでもないのだから。それとも面接を受ける人間どもは一緒に働くシミュレーションを演じてみせたのか。
 ロボットだから、人間にチューニングを合わせるのは難しい。
 人間が採用活動なんかしているから、俺は採用されないのだ。
 頭には納得がいかないという文句があふれ出てくる。脳みそについているモーターがショートしそうだ。
 そもそも各監査法人の採用ページを見ていると、入社動機が「人が良かった」「雰囲気が良かった」「自分に合っていそうだった」みたいなことばかりだ。
 俺は人間じゃないのだから、それらを参考にはできない。
 人間は何でこんな不確定で曖昧な理由でものごとを判断できるのか。
 今にも叫びだしてしまいそうだ。
 俺は目を閉じて、深呼吸をした。
 ロボットなんだから、落ちた原因の分析と学習をしていかなければならない。
 ここで欲を出してはいけない。
 大丈夫。俺はロボットなんだから。
 次はベンチャー企業に強い監査法人だ。
 また、それらしい受け答えを作っていけばいい。
 人間にはなり下がらない。
 

 今日の面接でも言われてしまった。
「覚えたことを話すのではなく、私たちの目を見て、会話をしてください」
 面接官が聞いてくることを答えているのに会話も何もないだろう。そもそも志望動機を聞いているのに、「覚えてくるな」というのはどういう了見だ。
 家に帰るのもしんどくなって、カフェで一旦休むことにした。
 カフェはざわざわしている。みんながそれぞれの会話に必死だ。
 テーブルの端に一口も口をつけられていないコーヒーが湯気をたてている。
 ロボットだからか、頼んだのはいいがコーヒーなんてものを飲む気にならない。本当は水だけで十分だ。
 今日も面接で新しく出た話題についてノートに記録して、次の対策を考える。
 俺はロボットだ。学習は苦ではない。でも、やっぱり落ち続けると、何かがおかしいと思い始める。
 公認会計士という最強の資格にも合格している。面接対策も誰よりもしている自信がある。
 それなのになんでこんなに受からないんだ。
 大学生の時の就活でもここまで苦労はしていない。
 最近では監査法人に絞らず、個人の会計事務所も受け始めた。
 それでも全然受からない。 
 明確な理由が分からない。
 なぜ俺は落ちるのか。
 やっぱりロボットは人間社会では生きていけないのか?
 この前受けた会計事務所では「君、本当にこの仕事したいって思ってる?」と言われた。
 別にこの仕事がしたいわけではない。
 試験も一発で受かったし、向いてそうってだけだ。 
 みんな本心なんてそんなものだろう。
 たしかに未経験で実績はないかもしれない。それでも同じ条件で受かっている人もたくさんいる。公認会計士に受かったら就職もすぐにできた、というブログやSNSも見た。
 やっぱり、人間にしか優しくないんだ、この国は。多様性を叫ばれるようになったけど。実際にはこんなもの。同じ人間同士なら大丈夫でも、俺みたいなロボットは許されないんだ。
 それとも外身が人間だからいけないのか。外身もロボットなら受け入れられたのか。
 ロボットであるが故の禅問答のような思考が頭を覆う。
 だから気づけなかった。
 大きなカバンを持った人が小走りで隣を通るのを。 
 通った人のカバンが俺のコーヒーを巻き込む。するとカップいっぱいに入っていたコーヒーが俺の膝めがけてぶちまけられた。
「あっつーーーーー!!!」
 全客が俺のほうをみる。
「すみませーん」
 バカな声をしたカバンの持ち主の男が、それだけ言って、店の出口に向かう。
 俺は気が付けばその男を追いかけて、男がもっている大きなカバンをつかんで思いっきり自分の方へ引っ張った。
 自分でも思っても見ない力が出た。そのおかげでその男は勢い余って転んだ。
 男は驚いた顔でこっちを見ている。
「てめえ、コーヒーこぼしといて、何逃げようとしてんだ? ちゃんとした謝罪しろよ」
 男は消えそうな声で「申し訳ありませんでした」と言った。
 でも俺は腹の虫がおさまらず、「あ?聞こえない?なんて?」と耳に手をあてて言った。
 店員がタオルを持ってきて、「まあまあ」と俺のほうをなだめようとする。
「いや、悪いのは向こうじゃん。何でこっちを止めようとするの?」
 触れるものすべてを傷つける勢いだ、と自分でも思う。
「あー。マジでムカつく。もういいや」
 俺はテーブルに戻り、乱暴にカバンだけを持って、店を出た。
 客全員が見ていたが、何も気にならなかった。

 スーツがコーヒー臭いまま家に着いた。
 クリーニングに出さなくてはならない。
 俺はシャワーを浴びて、テーブルに座る。
 そこでノートをカフェに忘れたことに気が付いた。
 でも、それもどうでも良かった。
 なぜかすごく高揚感がある。
 嫌なことだったはずなのに。
 そういえば、あんな感情を出して怒ったのは初めてかもしれない。
 楽しいというか、嬉しいというか、すがすがしいというか、気持ちよい心地がした。
 生きていると初めて思ったのかもしれない。
 我ながら思う。やばい奴だ、と。怒りに身を任せた、ただのやばい奴なのに。
 でも、今ならいける気がした。
 俺はグーグルで適当な検索をする。
 そして、出てきた。
 ロボットかどうかを確認する九マスの画像認証だ。
 ロボットだと承認されてから受けていなかった。
 グーグルのロボット診断は今回も信号機が映っている画像はどれかを問うてきた。
 すごく簡単に思えた。
 前と同じ画像というわけではない。
 際どい画像もある。
 それなのに。どれが信号機で、どれが違うかはっきりわかる。
 円形の先しか映っていないのも明らかに信号機だと分かる。
 全部で三枚。認証ボタンをタップする。
 認証は……。
 やっぱり俺は人間だった。
 ロボットじゃない。
 いいんだ俺は。感情を出しても。自分の欲を自覚しても。
 人間として生きることが許されるのだ。
 もういいんだ。自分の言葉で話しても。きっとみんな受け入れてくれる。
 だって俺は人間なんだもの。
 俺はすぐに次の会社のエントリーシートを書き始めた。
 
 志望動機
仕事が楽そうだからです。
 

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