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健康サンダルのじんわりとした痛み。

前職の時、東京から少し離れた地方へひとり出張する機会があった。
初めて訪れたその客先は、非常に小さい超零細企業だった。
会社の広さは20畳程度の狭さで、そこに従業員が数人、パートの方が数人、工作機械や小さな装置という感じだった。
そこではみな明るい雰囲気で談笑しながら仕事をしており、僕は羨ましさを覚えた。

太ったパートのおばさんが、僕を気にかけ色々と話しかけてくれた。
一人でたくさんの荷物を抱えて来たこと、緊張している雰囲気を悟って、軽く弄ってくれた。
すぐに僕を受け入れてくれるお客さんたちの温かさがありがたかった。
そして途中、そのおばさんから何度もお菓子を頂いた。
硬くて甘い煎餅のような、クッキーのような味がした。
仕事中にちょっと休憩し、お菓子を食べながらお客さんと談笑するなんて、自分の会社だと無い事だった。
地方の良さなのか、こういった心が穏やかで優しい人たちに囲まれて暮らすのも悪く無いよなって思った。

そこの社長は昼前くらいになってようやく、超でかい車で会社にやって来た。
ジーンズに派手なTシャツを着て、腕にはゴツい腕時計が光っていた。
ぽっちゃり体型の彼は、シャツがパツパツだった。
僕は彼と社員とのやりとりを見ていた。
その会社に一人いた色っぽいお姉ちゃんが愛人ぽかった。
人生楽しんでるなぁと思った。

しかしながら彼と話すと、非常に魅力的な人物だった。
社長ならではの圧の強さと強引さはあるものの、一緒に頑張っていきましょうという気概が滲み出ていた。
こちらの技術や仕組みにについても貪欲に聞いてくる。
喋り出すと止まらないのが持ち味なのか、この地で仕事をする意味、意義を熱く語り、プライドを持っている姿がカッコよかった。
東京に近い分、大学に出た若者はそのまま東京近郊で就職してしまう。
この土地で仕事をし、雇用を作ることの重要性を熱弁していた。

実のところ、僕はその仕事中、ずっと足が痛かった。
なぜなら、朝来た時に事務の方が渡してくれたサンダルが、誰かの健康サンダルだったからだ。
しかも、ゴムのイボイボが付いた普通の健康サンダルではなかった。
足ツボを的確に刺激するよう設計された、石のようなゴツゴツのイボがついている強力な健康サンダルだったのだ。
僕は何故このサンダルを渡されたのだろう、これしか無かったのか?
と考えながら仕事をしていた。
かなり歩きにくいし、常に痛い。
そして、作業中につま先立ちすると体重が掛かりめちゃめちゃ痛かった。

お昼の休憩になり、僕はその会社を出て歩いて5分ほどの場所にあるラーメン屋に入った。
大きな道沿いにあるそのラーメン屋は、その土地の寂しさにしては混み合っており、活気があった。
ラーメンを待つ間、僕はなんとも言えない気持ちだった。
何故あんなに、情熱を持って仕事ができるのだろう。
明るく、和気藹々とした会社があるってのに、なぜ僕の会社は殺伐としてるのだろう。
殺伐としないと運営できない会社って何なんだろう。
皆不機嫌でイライラしていて、何が大事なんだろうか。

僕は昼休みの余った時間、当時付き合っていた彼女にメッセージを送った。
そして今日来た会社の事を、面白おかしく伝えた。
「いい会社じゃん、良かったね」
当時の彼女は僕の事を気遣ってくれる、素敵な女性だった。
「だけどさ、渡されたサンダルが何故か健康サンダルで、マジで超痛いの」
「健康サンダルなのに、不健康になっちゃうね」
そんなたわいも無い会話をして、再び仕事に戻った。

午後も半分くらい過ぎた頃のことだ。
出張に出ていた社員さんが、その時間から会社に戻って来た。
僕は彼と挨拶をして、彼は僕の足元が健康サンダルなのに気がついた。
とっさに駆け寄ってくる女性のパートさんは笑いを堪えながらこう言った。
「あ、すいません、これ間違えましたね」
「痛かったでしょ、ごめんなさいね」
周りは爆笑だった。
「あんた早く言いなさいよぉ、ずっと我慢してたんでしょ」
とお菓子をくれたおばちゃんが笑いながら言った。
僕はとっさに、
「罰ゲームかと思いましたよ、これじゃあ僕、健康サンダルで不健康になっちゃいますよぉ」
言いたいことがあまり伝わらず、スベってしまった。
(サンダルだけに、とか言いませんよ)

僕はスベった事実に恥ずかしく照れながら、再び仕事に戻った。
まだ足にはじんわりとした痛みが残っていた。
そして16時を過ぎた頃のこと。
例のおばちゃんは帰る間際、お土産にと僕に違うお菓子をくれた。
色々と気遣ってくれて、貰ってばかりだった。
彼女は、子供が帰ってくるから少し早めに終わるシフトなのだという。
「またね、健康サンダル君」

その他の人たちも、17、18時を過ぎると一人ひとり帰っていく。
彼らは皆この土地に住み、生活をし、慎ましく生きていく。
何もない田舎だし、これまでと同じ人生がこの後も巡っていくのだろう。
でも何故か楽しそうで、幸せそうだった。
穏やかで、皆優しかった。

僕はその日仕事が終わり、日帰りで戻る予定だった。
会社を出たら外は真っ暗闇で、駅まで社員さんが車で送ってくれた。
最後までありがたかった。
駅で電車を待ち、あとは帰るだけだ。
「何だかなぁ、何だか嫌になっちゃうなぁ」
今から帰ったら、家に着くのは24時前くらいだろう。
そこから片付けと明日の準備をして、寝る。
明日はまた、あの不機嫌な人たちに囲まれて働くのか。
「何だかなぁ、何だか嫌になっちゃうなぁ」
電車を待つ間、お茶を買い、貰ったお菓子を一つ食べた。
ほんのりとした甘さが優しく、口で溶けていった。
色々あった今日の出来事を思い出していた。


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