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燃えるような夕焼けが全てを覆い尽くしていた。

数年前の11月のとある日の午前中、現場にて作業をしていた時のこと。
昼休みまで1時間を切った頃、一人の先輩が自分のもとへふらりと来た。
昼礼があるから午後になっても作業現場へ行かず、事務所に残って欲しいと告げられた。
かなり特殊なケースだったので、直感的に何かあったのだろうなと感じた。
今期の業績が悪くて・・・とか、社長退任なのか・・・とか。

しかし返ってきた答えは全く別のことだった。
それは、ある先輩が先週末に亡くなったという。
そしてその方は、ここ数年一緒に仕事をすることは無かったが、自分が入社して海外出張の際に度々お世話になった方だった。
その意外すぎる事実に、僕を含めて皆戸惑っている様子だった。

僕はその後の仕事中、ずっと考えていた。
不謹慎だが、事故であって欲しい、急な心臓発作であって欲しい、、、と。
それが自死ではない事を願っていた。


午後の作業時間は、誰もが黙々と作業をして、ひっそりとしていた。
きっとおそらく、それぞれが彼との思い出を振り返っていたのだと思う。
若手社員は彼らなりに、会社で起きたこの事実にショックを受けていたように感じた。

バカ真面目だったんだろうな。
40歳とちょっとでそんな道を選ぶなんて。
そんなことならこんな会社辞めて、のんびり生き続けててほしかった。

僕は以前、入社3年目くらいから業務で海外出張が増え、その際は本当にお世話になった彼だった。
会社はニッチな業界のため、顧客も昔からの付き合いのある会社ばかりだった。
そのため営業の新規開拓などはほぼ無く、営業職は客先を周っては御用聞きの様な仕事をしている人が大半だった。
そんな、なあなあなでやってる人の多い中、彼はどこでもやっていけるような、いわゆる優秀な営業マンだった。
販売価格の交渉も攻め攻めで、彼の売り上げはいつも立派だった。
頼りない営業マンたちの中で、とても頼りになる先輩だった。
会えばよく笑顔で声を掛けてくれて、人見知りの僕は表に出さねど嬉しかったことを覚えている。

1日中モヤモヤした気持ちのまま、僕は仕事を終えて夕方の道を歩いていた。
僕は当時「ダイエット」と称して、出来るだけ徒歩で通勤するように心がけていた。
会社の健康診断で引っかかる事が多く、健康相談対象者となっていたからだ。
お腹周りが苦しくて、周囲の同僚からからもそのぽっちゃり体型をだいぶ指摘されていた。
そして家へ帰る道の途中に、いつも立ち寄るコンビニがあった。

巨大なパチンコ屋の脇に設けられたそのコンビニは、いつもフラリと寄っては買い食いをしてしまう、悪しき習慣となっている場所だった。
コンビニ客の殆どがそのパチンコ屋の客で、みな買い物をしたり小休憩しては再びそこへ戻っていく。
夕方だというに、異常なほど巨大な駐車場には彼らの車がズラリと停まっていた。
彼らは普段どんな仕事をしているのだろうか、、、といつも疑問に思っていた。

そんなコンビニの脇で、僕は一人、ホットコーヒー片手にあんドーナツをモソモソと食っていた。
あんドーナツの甘さとコーヒーの苦味の組み合わせが絶妙で、しばらく前からのお気に入りだったのだ。
こんな日だというのに、結局僕はあんドーナツを食いながら、ぼーっと空を眺めていた。
そしてまだ、先輩の事を考えていた。

秋の夕焼けはとても複雑な色で、ずっとずっと遠くまで広がっていた。
目を見張るような色彩が広がった空は、ここにいる人すべての人生を覆い尽くす様だった。
オレンジとピンクとグレーとブルーと、様々が入り混じったその色は、言葉では言い表せない程に綺麗な空だった。

でもそれは、昔先輩と一緒に見た夕焼けには到底敵わなかった。
インドネシアの工場を出た瞬間、何をも凌駕する圧倒的な夕焼けが空の初めから終わりまで続いていた。
あれは、空で爆発したマグマが降り注いだ様な、言葉に表せないほどの爆裂的な瞬間だった。
あの時僕たちは、何を言うでもなく、ただその場で暫く空を見上げるだけだった。

そしてまた再び、今ある夕焼けの空を眺める。
ゆっくりとだが、空は絶えず変化しており、一瞬たりとも同じ時はない。
そしてそんな時間はあっという間に終わり、すぐ暗闇に変わってしまうことを知っている。
もう一度見たくても、同じ空の色は再び現れない。
今この時だって、一瞬一瞬で景色も何もかもが変わっているのだから。

美しい瞬間、喜びの瞬間、悩み模索する瞬間。

それらは認識した途端にものすごいスピードで過去のものとなり、僕らはそれらを「かつてそうであった」ものとして認識するしか方法がない。
完全再現出来ない過去を都合良く反芻し、他人の死を肴にして1人酔うのか。
それは悼む事ではなく、彼への単なる冒涜なのではないだろうか。
だけれども僕は、彼との様々なシーンを思い返せずにはいられなかった。

バカだよな。
こんな痩せたいと思ってるのに、俺は今日も1人であんドーナツ食ってるわ。
また決意を新たに、きっと明日も同じことしてるんだろうな。
バカだよな。
こんな適当なヤツだっているのに、いつも1人で真面目に頑張っちゃって。
これから新たに、きっと何だってできただろうに。

僕はいまだに、仕事で何も結果を出していないですよ。
誇れるような成績は一つも無いですよ。
ずっと辞めたいっと思ってるのに、結局まだダラダラしてますよ。
今日もあんドーナツを食べながら、こんな夕暮れをぼーっと眺めてますよ。
身体に悪いモンを食べて、健康を害してますよ。
週末は酒を飲み過ぎて、いつだって後悔してますよ。
無駄で無意味で後悔が出来るのは、それは生きてるからこそですよ。

先輩も、もっとだらしなく適当に生きても良かったんじゃないですかね。
ここが嫌なら、何処ででも何だって出来る人だったのにね。。。
本当に色々とお世話になりました。
僕はあの嫌いだった会社でも、一緒に仕事をして楽しかったです。
そんな毎日の救いになってくれた人のひとりでした。
僕は僕なりに、なんとか生きてますよ。
そんな感謝が、どうにか今伝えられたらと思った。

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