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【プログラムノート・2nd】「わたしとあなたを繋ぐ旋律」に寄せて

2021年4月24日(土)に会場で、25日(日)よりオンライン配信で行われるmugs 2nd concert。3rdステージでは、「わたしとあなたを繋ぐ旋律」と名付けたステージをお届けします。

1st stage 宗教曲アラカルト
2nd stage POPSアラカルト
▶3rd stage わたしとあなたを繋ぐ旋律

アポリネールの詩による四つの無伴奏小品集『白鳥』より「贈物」

G.アポリネール 詩
堀口大學 訳詞
高嶋みどり 作曲

-想い人と私を繋ぐ旋律-

フランスの詩人アポリネールの、爽やかで情熱的な恋の歌。青年の告白は、冒頭の「あげよう朝を」という鮮烈で、目覚めるように明るい響きと共に幕を開けます。言葉に則した変拍子や、細やかなテンポの変化、そしてたび重なる転調によって、詩で語られる青年の心情が鮮やかに表現された一曲。

まぶしい「朝」から、やがて「なみだの夕べ」へ、青年の告白はより切実かつドラマティックなものへと深まってゆきます。最後の劇的な不協和音はこの恋の行方か、青年の痛いまでの恋慕か。想像しながらお聞きいただければ。

女声合唱組曲集『木とともに人とともに』より「空」

谷川俊太郎 作詞
三善晃 作曲

-恋人(配偶者)と私を繋ぐ旋律-

2/2拍子のゆらゆらとした拍感とF durの明るいサウンドの中に、ほんの少し切羽詰まった「さびしさ」をのせた、なんだかちぐはぐなような、アンバランスなような、でもそれが心地よい余白を生んでいる楽曲。

元々は混声合唱として生み出されたこの曲ですが、私の実感としては女声合唱にとてもハマっているように思います。詩は谷川俊太郎によるものでありながら、「空」の中で語られるさびしさはとても女性的なように感じます。

三善晃の言葉に則した和声の移り変わりの中で、時に激しく、時に淡々と語られる「さびしさ」は曲最後に出てくる、

さびしさは甘えじゃない 
さびしさはふたりで生きてる証

という言葉と情感溢れるメロディで救いに昇華されるのが印象的です。

「くちなし」

高野喜久雄 作詞
高田三郎 作曲
須賀敬一 編曲

-父と子を繋ぐ旋律-

「くちなし」は、梅雨ごろになると白く美しい花を咲かせ、その実は自らはじけることがない(鳥や虫によって食べられることで種を運ぶ)ため、「くちなし」という名が付けられたのだそうです。

生家の庭先に咲くくちなしに亡き父を思うこの歌には、派手さや激情はありません。ただ淡々とした美しいメロディの中で、くちなしを通して紡がれる普遍的な父と子の物語。

先述の通りくちなしは、自身の力で実をはじけさせることができません。その実の中で、いまか、いまかと満ちながら、庭先に佇んでいる。詩にある「ひたすらにこがれ 生きよ」という、くちなしのその姿から託された父の願いは、亡き後も連綿と子の中に生き続けています。

元は、「ひとりの対話」という歌曲集の中の1曲。数ある日本歌曲の中でも多くの名演を残してきたこの曲を、今回は女声合唱のやわらかくも芯のある音色でお聞かせできればと思います。

「きょうの陽に」

新川和江 作詞
高嶋みどり 作曲

-いまの私と未来の私を繋ぐ旋律-

平成13年度第68回NHK全国合唱音楽コンクール高校の部、課題曲。負の感情の一切ない、明るく瑞々しい響き、メロディが心地よさと爽快感をもたらす1曲。

冒頭で印象的に登場する林檎とは、青春の象徴、そして高い梢でかがやくレモンとは、志の象徴。また、流れる川は命の循環を表しています。

これは林檎
ことしの林檎
神話の中の林檎じゃない
あれはレモン
ことしのレモン
高い梢で
きょうの陽にかがやくレモン

決して言葉では言い尽くせない、「今」、その一瞬が、瑞々しく、そして若いその志が輝かしく、表現されています。三拍子のアルペジオで川の流れや循環を表すピアノ伴奏にのせられ、疾走感を持って「私自身」を新しく塗り替えていく確信が語られる1曲です。

文責:山崎菜緒

演奏会情報

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*日時
2021年4月24日(土)
14:00開場 14:30開演
※コロナウイルス対策のため、入場時検温・手指消毒等にご協力頂きます。
誠に恐れ入りますが、お早めのご来場とマスクの着用をお願いいたします。

*会場
古賀政男音楽博物館 けやきホール

*チケット
会場鑑賞チケット:2,000円
オンライン鑑賞チケット:1,000円
※オンライン鑑賞は演奏会翌日(4/25(日))より可能

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