新世界ちゃん
先輩、第ニボタンください。
そう言いかけてやめた。
本当に欲しい物を言わなければ。
先輩、心臓を見せてもらえますか。
先輩はいつも校舎より大きくて、上履きの爪先のゴムの部分とか、体育座りをした時の腰のあたりとか、そのくらいしか見えない。
先輩は、いいよ、と優しいトーンの声、それから大きな手に私を乗せて、エレベーターのようにぐぅんと一気に胸元まで連れて行った。
私の全身をくるむふかふかの手。
指先にギュッと捕まると、温かさに埋もれてしまいそうになる。
左手に私を乗せたまま、先輩は右手で心臓を、ぐるんとえぐって取り出した。
ドクン、ドクンと、波打つリズム。
動いていますね、この心臓。
うん、僕、生きているからね。
小さいんですね、この心臓。
うん、この学校は、重力が薄いんだ。だからどんどん縮んでいった。
じゃあ、卒業してしまったら、大きくなるんですか。
そうだよ。心臓は膨らんで、そして体は重くなる。
変わってしまうんですね、先輩。
そうだよ。でも君も、変わっていくんだろう?
先輩の顔を知らない。
なのに、心臓を見ている。
心臓について、先輩と話をしている。
君に心臓を見せたから、僕、もうすぐ死んでしまうんだ。
ええ、分かっています。
君、名前は?
さくら。
桜です。
今日、散ってゆくんです。
先輩は卒業して、私は空気に散ってゆく。
そして来年は私も、薄い重力の校舎を蹴飛ばして、重たい心臓の必要な世界へ、向かってゆくのだ−−−
だから先輩の心臓の、取り出す時に千切れてしまった動脈に、ありったけの花びらを当てて、塞いでしまうの…
塞いでしまうの…
塞いでしまうの…
Gitarrist・Ruri/öxi氏のソロプロジェクト「degrees nine」インストゥルメンタル曲より、作品イメージをいただき書いたものです。
190729_epilogue
SoundCloud→https://soundcloud.app.goo.gl/J8pBm
ヘッダー写真撮影地:東京・吉祥寺
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