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ダイエットをやめて私を生きていく

ハレルヤ♪麦野です。こんにちは。

初めてダイエットをしたのは成長著しい11歳の頃。その後、ずっと続けてた食事管理。もはや、何をどれくらい食べたらいいのか、食欲中枢も壊れてしまっています。自分の容姿がとにかく憎くて憎くて。いえ、本当に憎かったのは、自分自身の不甲斐なさ。うまくやれなさ。孤立感。心の弱さでした。心の弱さや未熟さをダイエットして痩せた体になることで、隠そうとした。

幼い自分

幼いものや拙いものが好きで、可愛いものが好きだった私は、私を可愛いと思っていたけれど、どうやら世の中では違うらしいと気がついて打ちのめされた。世の中の広さや多様さにびっくりしてしまった。かっこいいもの、シンプルなものを大人びた同級生たちが好んだ。ほのぼのした恋愛ではなく、取った取られた、品のない噂話に、どうしても馴染めなくて困った。垣間見た少しだけ大人の世界は、ずるかったり、計算高かったり、表と裏があって、馴染めなかった。私は幼かった。とても。だから、世の中と共に生きるのは難しくて、怖かった。そんな自分の恐れから逃れることが、痩せることだった。

醜い私

鏡の中の自分は醜くて、メイクで、服で、ヘアスタイルで、誤魔化した。世の文化に合わせた。社会の価値観に合わせて着飾った。でも、やってもやっても、真には私自身が私を愛していないし、着飾った私を愛されても、全然嬉しくない。だから、周りから人を遠ざけようと、叫んでいた。私は醜いのだから近づかないで。と。そして孤独になり、そんな自分を呪った。

ダイエットをやめる。髪色ももどす。

私の髪の色は、黒い。真っ黒に近い黒さ。髪の毛は多いし、美容師の方に「茶色から、素髪にしたい」というと止められることが多いけれど、それもやめて、黒髪に戻した。もともと生まれ持ったものが似合わない。ネガティブなイメージなるというのはどういうことだろうと思ったから。世の文化が生まれ持った自分自身を否定するものなら、そんな文化に同調する必要なんてないんだと感じている。だから、ダイエットもやめた。私が自分を否定して、自分の体を否定して、自分ではなく、作られた文化に同調することなんてないんだ。それに、私は健康を害するくらい太ってはいないし、痩せ気味なのだ。とっても細くなりたかったから、ずっと続けてきただけで、本当は痩せる必要などない。それが私がクレイジーだったところなのだ。自己否定だった。ただただ、自己否定していただけ。

人がどうであろうと

だからってダイエットする人や髪の色を変える人にどうこういう気は本当にない。みんなそれぞれの世界で、それぞれのものの見方で、それぞれ、歩んでいるのだから。

今日も健やかに、穏やかに、祝福の中を歩むことができますように。

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