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現在のご縁を大切に

長年付き合いのある友人って物凄く稀有ではないでしょうか。
仲良くなり出した過去と比較すると、現在の環境はだいぶ違います。
そんな連中と久しぶりに会うと、その時の感情や思い出を彷彿とさせることが多々あります。
あるとは言え、それは単なる思い出でしかない。というのが僕です。
冷たいと思うのでしょうか。裏を返せば思い出に縛られている、とも。
諸行無常。現状維持を継続する人生はご免です。

先日、友人と縁について話をしました。
「嫌な別れ方をしないのであればそれは満了である」。
友達にしろ、恋人にしろ。円満でお互い前に進めるような結果であれば良いに越したことはないでしょう。
正直、どちらかが正当化し繋ぎ止める部分があるのであれば歪んだ依存になっていきます。それだけは避けたいところです。
その友人のnoteから面白い気づきを頂戴しました。良ければご覧ください。

https://note.com/nollish/n/nae80feb8e950?magazine_key=md3a6f15ccf2f

たまたま、この時は人間関係に視点を置いて話していましたが、何事にも通用するなと一人でウンウンそうだよねと首が捥げるくらい賛同を繰り返していました。寝違えてはいないですよ、うん。


友人関係然り、物然り、どんな形であれ「所有物」と定義するのであれば、いつしかは断捨離していくのがシンプルに生きていくコツなのではないか?と思っています。
何にしても、仕事なりプライベートにせよ、忙殺されるようでは意味がない。そうなってキャパオーバーになった時の自分を知っているからでしょう。
だからこそ、僕にとっては断捨離は心の洗濯であると無意識化で定義しております。物を捨てることに躊躇しなくなったことも要因の一つだと思いますが。

・・・と、話が膨らむお花畑モードは一旦ここまでにします。

僕は人間関係とは今の自分の写し鏡であると考えています。
そうですね、10年前のお友達と今と比較してみたら、どうでしょう。
そりゃ学生時代はバカやって笑い合えるのが生き甲斐な方もいたことでしょう。居酒屋行って、二次会でカラオケ行ったり。それもまた一興。

過去の自分と比べて、いい意味で無理をしなくなり、自分に合った人間関係を構築するようになったかと思います。
時々無理しちゃってますけどね。それに気づいて早く対処することの繰り返しなのは自分の課題ではあります。
僕の場合、シフト制の仕事に就いているので、土日の休みはすぐ埋まってしまうので突発的な誘いには弱いです。
僕と同じ境遇で働いてる方の方がレアであるのは認識しているので、平日は仕事で忙殺されていてそれどころではない!と思う方もいるでしょう。
それが所謂「環境の違い」でしょう。それに適応できるか否かも関わってくると思います。こうなった以上、お互いが歩み寄れる様工夫していかないといけないなと心に刻み付けるべきだと考えてます。

これだけでなく、学生時代の時には認識していなかった「性格のズレ」に知覚することもあるでしょう。
バカ騒ぎはしてはいいと思います。僕もハイテンションになってイエーイ!ってなってることよくありますから。
話の着眼点の相違。知識の欠乏。それによる認知の歪みで話が噛み合わなくなった時、ですよね。それを指摘できればいいのですが、その時点で僕は察しだなと思ってしまいます。
物凄く冷たい言い方しますと、歪みが含有している見下すことに繋がってしまいます。
実際、そうなって疎遠になってしまった友人がいます。その程度しか考えてないのかと怒りに似た悲しみに包まれてどうしようもなくなって離れてしまいました。
そんな人と一緒に過ごすメリットって何だろう。と、思ってしまったんです。
人ってみんながみんな性格が違うのはわかっているのですが、明らかに遅れていると時間が無駄だと感じてしまうのです。話が通じなかったり、この人は自分の思い通りにしたいだけなんだなと思い、問答無用で切り捨ててしまいました。
それを「自分と違った性質の人なんだ」と認識できればいいのですが。そうなれる人とそうでない人の違いが相性というものなのかもしれないですね。
そうなってしまうと、僕の中の「その人」を占める割合がどんどん小さくなってしまう。そうやって風化されて自分の中で消えていくことが寂しくもあり、そうやって断捨離して前に進んでいっているんだと思います。

だから、自分がそうされてしまったら仕方ないと思うようになりました。その人と僕の縁はその程度であり、ただマッチしなかっただけ。
本当はこの人と仲良くなれたらよかったのに、と思ったことはあります。でも、人生そんな長くないのでそんなことに気を病んでたら時間が無駄な気がします。
何か誤解を産むことやトラブルがあったとするのであれば、改善するよう努力すると思いますし。それが叶わないご縁だっただけです。

そうやって現在の人間関係も濾過されていくのだろうな。と思ってます。
だからこそ、今仲良くしてくださってる皆様には本当に感謝しています。
ここでは少し冷たい書き方しちゃったかな?と思いますが、個人個人には感謝と尊敬を持って接しているのが伝わっていれば、伝えながら日々を過ごしていきます。

そして、本当に続く人間関係はいつか離れたとしても巡り巡って戻ってくると思います。
見つめるべきは、今存在しているご縁。過去は過去で、未来のご縁は自分次第。だからこそ、写し鏡。自分のレベルが下がるかもしれないし、相手のレベルがぐんと上がるかもしれない。事由の判別を即座にするのは難しいでしょうし、向上心を常に持って過ごしていきたいですね。寝違えませんように。

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