はじまりは、豪雨だった。
ザー、という雨音。
時折、雷鳴。
初出勤まであと8時間だというのに、エアコンがないから窓を開けているせいで、まったく寝付けない。
ポツ、ポツ、ポツ、
家のどこかから雨漏りの音がする。
すっかり鼾をかいている夫をたたき起こすと、決断は早かった。
「最低限のモノを持て。逃げるぞ」
むぎを抱いて、お散歩バッグを持った。
それと、明日着るスーツ、靴、何本かのタオル。あとはそのあたりに散らばってるものを適当に詰めて、助手席に飛び乗った。
見慣れた道には、石ころが散らばっていた。
崖が少し崩れ始めていた。
もしも朝、この崖が崩れていたら、私たちは身動きが取れなくなっているのかもしれない。
「何事もなければいいんだから。大げさなくらい慎重にしろ」
夫は口を酸っぱくして言う。
私はこれからこの町で、ひとりで生きていかなければならないのだ。
明日からの私の職場になる美山の、駐車場で一夜を明かした。
フロントガラスに叩きつける雨音は、耳障りだった。
助手席を倒して眠るのは、体が痛かった。
まさか、初仕事の前の日が車中泊になるなんて。
「ほら、キャンプみたいだろ?」
そうか。
夫のおかげで、それなら訓練されている。
翌日この顛末を美山の方々に話すと、叱られた。
どうして、連絡してくれなかったのと。
その日から、私とむぎは、美山で避難生活をさせてもらっています。
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