5『地球上に残存する多次元生命体の痕跡』

 

「いえ、あなたの言う宇宙人とは、あなたのいる物質宇宙の太陽系外宇宙の知的生命体のことでしょう?彼らも幾度となく地球に来訪していますが、ここで述べた多次元生命体とは、もともと異なる次元の宇宙に存在する生命体のことを指します。

まず、他の次元を理解することは、互いに別次元に存在するものにとっては非常に困難です。例えるならば……そうですね……、メビウスの輪というものを知っていますか?」

(メビウスという名前は聞いたことがあるが……、それが何なのかはよくわからない……)

 彼はカメラ越しに横長の帯のような長方形の紙を取り出した。

「この長方形の紙を百八十度捻って、短い辺同士を張り合わせます」

 と、彼は言葉通りにそれを行った。

「すると、このようなものが出来上がります」

 と、相変わらず手しか見えない画面上、無限大を意味する記号∞に似た図形が映し出された。

「はは、形状はただの輪でもいいんですが、メビウスの輪と銘打ったのでね……」

 と、軽く笑いながら

「この物体の表面を、横長にペンでなぞっていくと……この紙で出来た図形の表裏全体がインクでなぞられ、なぞり始めた元の地点に戻ってしまいます」

 と、彼はカメラの向こうでそれを行い、彼の言った通りになった。

(それが……どうしたんだろう?)

 と、僕が何の反応も見せずにいると、それを察したのか、

「あのね……、片側の表面だけをなぞり、全ての表面を通って元の場所に戻るということは、つまり、この物体には裏が存在しないってことになるんですよ」

(そう言えば、彼はペンで表面をなぞっていただけで、裏を向けたり、裏側をなぞったりはしていない……)

 少し理解に時間が必要だった僕だが、

(確かに、表面をなぞっていただけで、表裏全ての面を通っている!しかし、表しかない物体なんか存在するのか……?)

 紙を折り曲げて、張り合わせただけのこの物体には裏が存在しない、という彼の言葉を理解したとき、僕は、確かにそれを不思議だとしみじみ思った。

「確かに……。不思議ですね……」

 と、呟いた僕の言葉に、彼は満足そうに

「この正体はね。簡単に言えば球なんですよ。これは平面上において表現された球。球であるから表面しかないのです。あなたは球の表面の一部をなぞっていただけなので、何度やってもほぼ同じところに辿り着くのは当然と言えます」

 と、笑った。

「これは平面において立体を表現したものの一例です。ですが、これが球だと言っても理解できないでしょう? これと同じように、二次元の住人に三次元を説明しようとしても、彼らには高さの概念がないことから、その理解は難しい。あなた方も同様に、想像力や道具を使い、四次元の図式化はできても、その理解は難しいでしょう。さらに、そこにあなた方と全く異なる組成の生命体が存在するなどと言われても、にわかには信じることが出来ないことも無理はありません。

先のポールシフトの厄災によって発現した座標は、それが指定されると同時に、無限に続く高次元宇宙にまで、無数に発現しました。光の性質に従い、地表付近から広範囲に渡り、惑星の半球状に取られたそれらの座標は、異次元にわたる例外的空間湾曲作用によって、地球と多次元とを結ぶ点となり、それは多次元生命体を迎え入れ、また、こちらの生命体を送りだす門となりました。オリハルコンの話でほんの少し触れましたが、この空間湾曲作用は、同次元の宇宙においては超遠距離間移動の際に非常に有効な手段となるものです。

互いに距離のあるA地点とB地点があるとして、どちらかの地点から、他の地点へ向かって空間を進むとなると、その速さに応じる時間が掛かるでしょう。これは空間を平面ととらえ、物理的移動を行っているからです。地球程度の惑星ならば、それも、大して苦にならないかも知れませんが、何万光年も離れているとなると問題が生じます。前述したように、物体は光速を超えるとその時間が逆行するのです。たとえ光速を超えるスピードの宇宙船があったとしても、それが光速を越えた瞬間、時間は逆行することとなり、予定目的地の過去には到着できますが、同時間軸上の目的地に到達することはありません。つまり、光速で数万年かかる道のりは、時間逆行という問題を解決しない限り、やはり数万年以上かかってしまうということになります。

しかし、空間湾曲作用を利用すれば、そのようなことはありません。空間を空間と捉えたまま、それを湾曲させることにより、A地点とB地点を接触させ、その両点の接触中に物理的に移動すれば良いのです。これにより、どれだけ離れた場所でも、たった一歩分の労力と時間で移動は完了し、また、この空間湾曲作用は、その他の空間に対して影響を及ぼすことはありません。ですが、先の十六胞体の超エネルギーによる次元暴走は、空間だけではなく、空間内のあらゆる軸すらも湾曲、無数に枝分かれさせて多次元へと接続し、その次元間をつなぐ無数の座標からは、強い意識と輝くエネルギーが溢れ、幾種かの多次元生命体の淡い興味を惹くこととなりました。

その無作為に取られた次元座標の位置は、先に述べたように、惑星の約半球部分の地表と海面、そして大気に限定され、今も不安定な発動を繰り返しています。その座標が他次元への門として働くとき、空間のブレのような限定的不安定空間を形成し、それは三次元において、霧や煙のような霧状のもののとして視認され、付近に磁場や温度、または重力などの、強い異常が起こることが多いようです。

そして……、そこから現れるのです。かつて人類が目にしたことのない、人知を超える生命体が……」

 (多次元から……何か……恐ろしいものが来る?)

 僕は霧の中から現れる異形の怪物を想像し、身震いした。

「上空に浮かぶ分厚い雲の塊の中に、神秘的な城を見たとの伝説を聞いたことがないでしょうか?これは生命体ではありませんが、この……レンズ雲と呼ばれる不安定空間の中に浮かぶ城こそ、前述のオリハルコンの暴走により他の空間に保存されたアトランティスの王城の姿です。融合保存されたゆえに、その半分は山岳の一部となっているようです。しかし、これはあくまで虚像であり、それが物理的に帰ってくるようなことはありませんでした。一度、次元の彼方に消えた無生物が、虚像とはいえ、もとの次元宇宙に戻り、しかも複数回に渡って目撃されるという確率は天文学的なものであり、大いに奇蹟と称賛されるべきことであると同時に、その因果律によって次元座標をつないだアトランティス文明の執念とも言える強意識は、畏怖すべきものであると言えるかも知れません」

(これはひょっとして、ガリバー旅行期の……ラピュータのことか!?あれが、超古代文明、アトランティスの城!?)

 自身の知る身近な例に、僕は驚きを隠せなかった。

「生命体に関しては……、異次元に存在するものの中には、意識生命体など、人類が認識不可能なものも存在しますが、無限に続く次元ゆえに、そうでないものも無数にいます。そうですね……例えば……、かつて、ある乾燥した盆地状の高原において、霧の発生したある明け方のことです。そこに突如、発動した次元座標より、濃い霧の中から悠然と、音もなく現れたものは、最大のもので全長三百メートル近くにも及ぶ、ある地球の生物に酷似した超巨大な異次元生物や、幾何学的な記号に似た……異形の生命体でした」
 
(超巨大生物や記号に似た生命体と言われても、現実味が湧かないな。地球の生物に似た、と言われても、かなりの種類がある……。彼らは一体どんな姿をしていたのだろう……)

 どうにも具体的な想像図が浮かばない僕は、少し上の空で続きを聞いていた。

 「この異次元生命体は、意図して三次元宇宙に現れたわけではなく、突然現れた座標に、事故的に吸い込まれたと言った方が正しいのかも知れません。これらの生命体は、三次元物質宇宙に高次元抽象体として出現し、影のように山や木々といった物体を通り抜け、その度に大地が海のように波立ちましたが、大地への影響、また、一切の物音を立てることもなく、しかし、無作為にその足跡などが地表に残されるといったような矛盾的存在でした。また、あなた方が道に落ちている小石を気にも留めないように、彼らも、人間を含む動植物に対して、全くと言って良いほど興味を示しませんでした。

空間湾曲による次元間転移は、前述のオリハルコンのような他空間への融合保存とは別物であり、対象が移動先の環境に適応できるかどうかは不明です。あなた方が水に潜ったとき、息を止めることにより、小期間であればその環境に適応可能であるように、通常、他の次元より現れたものは、しばらくの間、自身のいた次元をその身に引きずっています。意図せず他の次元に転移した場合、この小期間の内に自身のいた次元へと帰還できれば問題はないのですが、長時間、水中に潜っていられないように、ある期間を超えると、体がその次元に順応するか……、それができなければ最悪の場合、その生命活動を停止します。また、運が良いのか、悪いのかは解りませんが、順応してしまった場合、例外を除いて元の世界への帰還は絶望的と言っても良いでしょう」

(意図せず、他の次元に転移!?)

「教授……!何度も話の腰を折ってしまって、本当にすいません……。ひょっとしてこれは……神隠しと名高い現象の原因にもなり得るのでしょうか!?」

 彼の話の真っ只中、彼に不快な思いをさせることになろうとも、僕にはどうしても、質問しなければならないことがあった。そこに、僕がずっと探していた答えの手掛かりがあるかも知れないから……。

「大いに関わりがあると言っていいでしょう。その質問には、のちほど解答させて頂きます。あなたにとっては重要なことのようなので、必ず解答するとだけ約束をして、とりあえず先に進ませて下さい」

 と、逸る僕を落ち着かせ、彼は先を続けた。

「この、高原に現れた異次元生命体は後者であり、また、もともと彼らのいた世界は重力のない世界でした。その世界は無重力ゆえに、全ての物理的な物質は宙に浮いた状態を保ち、移動のための推進力を産み出すことすらも困難でした。そんな中、彼らの移動方法は、と言えば、意外にもあなた方と同じように、足や軸を使って移動していました。無重力状態において、その移動様式は不合理ですが、それを可能にしていたのは……、あなたが三次元宇宙人として先天的に、重力耐性、空気の振動を聴覚として認識する振動変換認識能力、目から入る光を物質として認識する光彩視覚変換能力を備えているのと同様に……、彼らも先天的に、体内に重力操作器官を備えていたおかげでした。

その作用により、彼らは無重力の世界でも適当な重力を保ち、その足や軸で推進力を産み出すことも可能だったのです。発現からしばらくして、彼らが身にまとう次元効果が切れるときが来ました。事故的に三次元に現れた彼らは、突然の環境変化に動揺し、状況把握に努めますが、それは叶わぬ願いでした。もともと、無重力地帯に生息していた彼らは、突如として、自身にかかった強大な重力に、その重力操作器官が働く暇もなく、地面に縫い付けられたまま活動を停止し、もともと三次元において抽象的な存在であった彼らの死骸は、視覚的にも、物理的にも消えてしまったように見えました。しかし、彼らが抽象的存在であったことを示すように、彼らが消え去った地表には、その巨体が超重力によって押さえ付けられたことを示す巨大な痕跡のみが残りました。それはもともとが生物であったことを示すように、一筆書のように地表に刻まれ、また、それが抽象的な痕跡であったゆえに、物理的に風化することもなく、巨大な地上絵として地表に残り続けたのです」

(地上絵!?これは……あのナスカの地上絵のことか!?あれが生物の死骸の痕跡だって!?)

 なんとなく聞いていた僕は、突然、頭から水をかけられて目が覚めたような心地がした。そんな僕の心境が読まれたのか、

「ははは、おはようございます。あの地上絵を知っているならば、彼らがどのような姿をしていたのかも想像に容易いでしょう」

 と、彼は笑い、沈黙したままの僕を横目に言葉を続けた。

「地球に現れた異次元生命体に関して最も有名なものは、この地上絵に関するものだと思いますが、他にもこの世界に来訪し、順応した異次元生命体も数多くいます。光を好まず、夜間にしか姿を見せないもの、多点に同時存在するもの、タッシリナジェールの洞窟にも、彼らを描いた壁画が残っていますね……」

(夜にしか姿を見せないもの……?)

「教授、ひょっとして神や天使、悪魔と言われるものも……、この異次元生命体なのでしょうか?」

「いえ、あなたのいう存在は……、過去に何らかの原因で他空間に融合保存された、もともとは人間だった者たちがほとんどです。先のアトランティスの王城のように、強い意識を持った人間の残留思念は、次元座標においての因果率に強く関わることから、その意識や抽象的な虚像のみ、元の世界に帰ってくることがあります。彼らは異次元生命体とは異なり、もともとは人間だったために、人の住む世界に干渉したがるのです」

(融合保存されたから……姿が変わった……?)

「このように、基本的に異次元生命体は、彼らにとって他の次元に生き、知能程度も低く、捕食対象にすらならないあなた方に対し、悪意を持つどころか興味すら持ってはいません。刺激でもしない限り、彼らはまずあなた方に干渉はしないでしょう。問題なのは、彼らの意思ではなく、生態なのです」

(生態……?)

「先述した生命体を含む、今までに地球に出現した異次元生命体は、あなた方のものと、非常に近接的な次元から来訪したものです。その理由としては、あのとき確かに無限の次元座標が、多次元宇宙上に同時に指定されましたが、それらの発動する契機は、最初にそれが指定された宇宙の、近接次元から順に発動する傾向があるからです。それゆえに、その異次元生命体の姿や生態も、あなた方の想像を超越したものではなく、惑星に対する影響はほぼ皆無でした。しかし、これは今後、より時代が進むにつれ、より異形の形態をとり、より人知を超えた理外の存在の到来を意味します。その常軌をはるかに逸脱するその生態により、地球……もとい三次元宇宙の秩序は大きく狂い、その到来から半年も待たずに、人類は滅亡するでしょう」

(人類が滅亡する!?それが本当だとして……どうすればいいんだ。何よりも……そんなことを知っているこの人は……一体何者なんだ!?)

 霧がかかり始めたような僕の心内を察したのか、

「講義も終盤です。少し時間も無くなってきましたので、このまま一気に続けます。この講義の重大な論点になりますので、どうかもうしばらくの間、ご清聴お願いします」

 と、 有無を言わさぬ急ぎ口調で、強引に先を続けた。


 6『次元間侵食体テスラ』|六幻 (note.com)


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