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チョコレート工場のひ・み・つ! 前編

 ポストに求人募集のチラシが入っていた。

 〔急募! 誰にでもできる、簡単な作業です。日当、20,000円! 応募資格は、とにかくチョコレートが好きな方。チョコレートのためなら、たとえドラゴンを相手にすることもいとわない、そんな人材を求めます! 介川製菓株式会社〕

 ドラゴンとはまた、大げさな。それだけ製品に対するこだわりがあるということなのだろう。
 ちょうど暇を持て余していたし、チョコレート好きということに関しては、間違いなく自信がある。何より、日当20,000円というのは魅力だった。
 さっそく、面接に行ってみる。

 応接室で面談にあたったのは工場長だ。もじゃもじゃの白髪に、でっぷりとした体格。どこか、サンタクロースを思わせる。
「1つだけ聞かせて下さい」工場長が口を開いた。「あなたは、ごはんにチョコレートをかけて食べるのが好きですか?」
 普通の人なら、「はあ?」と聞き返すところだろう。わたしは違った。
「はい、よくやります」
 工場長はにっこりとうなずく。
「今日からでも、来られますかな?」 

 さっそく、工場へと案内される。
「わたし達の作るチョコレートは、原材料のカカオからして、よそとは違うのです」工場長が道々、説明してくれた。
 世界広しといえども、その「とびっきり」のカカオを使っているのはここだけだという。
「いったい、どこの国から輸入しているんですか?」わたしは尋ねた。
「そこへこれからご案内しようと思います」プラントの突き当たりに、エレベーターが見えてくる。乗り込むなり、ベルトから下げた鍵束を取り出し、「工場長専用」と書かれた鍵穴に差し込んだ。

 エレベーターは、地下深くへと降りて行く。どこまでも、どこまでも。
 そろそろ地の底じゃないだろうかと心配しかけた頃、工場長が言った。
「そろそろ着きますよ」
 時間にして20分くらいだろうか? 数千メートルは潜ったに違いない。
 扉が開くと同時に、甘くほろ苦い香りが広がった。乗った所はチョコレート・プラントだったが、ここはまるでホテルのロビーのようだ。

「さ、外に出てみましょう」工場長は先に立って歩き始めた。わたしもその後をついて行く。
 回転ドアを抜けた先の光景に、わたしは目を丸くした。美しい町がそこに広がっていたのだ。
「ようこそ、スイートランドへ」と工場長。

「これって、テーマ・パークか何かですか?」ばかみたいに突っ立ったまま、わたしは質問をした。
「いやいや、れっきとした独立国ですよ。国連にもちゃんと加盟してます」
「へー、日本の地下に他の国があるなんて、ちっとも知りませんでした」

 夕暮れのような光に照らしだされ、なんとなく中東を思わせるチョコレート色の建物が並ぶ。
「ごらんなさい、すべてチョコレートでできているのですよ。家も、草木も、そして住人達までも」
「えっ、住んでる人もですか?」わたしはまた、びっくりしてしまった。
「そう、文字通り、何もかもです」

 よく見れば、行き交う人々もすべてチョコレート色の光沢を放っている。口の中に唾が湧いてきた。
 
「ここカカオ王国のカカオは、ほかとは比べものにならないほど、良質のものでしてね。おかげて、わが社のチョコレートは、常に世界シェアNo.1を誇ってきました」工場長と並んで町を散策する。「ところが、ここへ来て、ちょっとばかり問題が起こりまして……」
「問題ですか?」わたしは聞き返した。
「ええ、肝心のカカオが手に入らなくなるかもしれないのですよ」
「それは大変ですね。でも、どうしてまた?」

「実は、カカオが採れる唯一の湖・カカオノ湖水に――」工場長がそこまで言いかけたとき、突如として上空を黒い大きな影が覆った。

「甘党ドラゴンがやってきたぞーっ!」人々は叫び声をあげながら、逃げ惑う。熱した鉄のように真っ赤なドラゴンが、辺り構わず火を吐き、家や樹木を喰い荒らす。
 わたしは察した。
「問題というのはつまり、あいつのことですねっ?」
「さよう。奴め、カカオノ湖水に居座るだけでは物足りず、とうとう町を襲いだしおったわいっ!」 
 
 〔急募、日当20,000円。ドラゴン相手にもいとわない方求む〕

 なるほど、そういうことか。世の中には甘い話などない。いや、チョコレートだけに、これ以上ないほど甘い仕事といえよう。
 なんにしても、割のいい仕事ではなさそうだ。さりとて、いまさら引き下がるのもしゃくである。
 さて、どうしたものか。妙案はあるのだろうか?

 (後編に続く!)

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