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まだ刀を携えている時代

 武家屋敷を思わせるなまこ壁の川沿いを、わたしはのんびりと歩いている。
 道行く者は男も女も鎧兜に刀を下げていた。もっとも、鎧にせよ刀にせよ、時代劇でお馴染みの代物とはちょっと違う。例えば若者の鎧は裏原宿系の、カラフルでポップなものばかり。

 兜の前立ては、アルファベットで「LOVE」とか「JAPAN」といったオーソドックスなものだったり、ブランドのロゴをそのままあしらったものなど様々だ。
 胴にiPadを埋め込んでいる者も多く、twitterなどのソーシャル・サービスの文字がリアル・タイムで流れている。
 いつの時代か問う前に、そもそもどこの国かさえも怪しくなってきた。

 わたしの鎧はポリ・カーボネート製で、茶色のフェイク・レザーを貼り合わせたものだ。たいそう丈夫だけれど、思いのほか軽い。付けていることすら忘れてしまいそうだった。
 一方、腰に帯びている鞘は青いベルベットで包まれた、美しい装飾のものである。すらりと白刃を抜いてみると、フェンシングのフルーレよりちょっとだけ肉厚のロング・ソードだ。
 目先までかかげ、じっくりと観察してみる。ぬらっとした刃文が見事だった。異形ではあるが、造りは日本古来のものらしい。

 そっと鞘に戻すと、わたしは歩き出す。なんだか、いっぱしの剣士にでもなった気がした。

 町外れまで来たときである。木の陰から5人の男達がばらばらっと現れ、行く手を塞いだ。グレーの鎧に、顔まですっぽりと覆う兜をかぶっている。できそこないのダース・ヴェイダーみたい、とわたしは心の中でつぶやいた。
「誰?」とわたし。すぐに、場面としてはふさわしくないセリフだと気がついた。「何やつだっ?」慌てて言い直す。
 男達は抜き身をかざして、手短かに名乗った。
「われら、辻斬りの派遣社員だ。お命、頂戴するっ!」

 一斉に斬りかかってきた。けれど、わたしが鞘を払う方が一瞬速い。
 自分でもどんな立ち回りをしたのかわからないほど、事は素早く終わっていた。辻斬り達の間を稲妻のように走り抜け、ひゅっと雫を振り払い、剣を元の鞘に収める。
 背後でバタバタと倒れる音がした。
「峰打ちだ」そう言ってはみたものの、自分の剣ながら、(あれ? 片刃の剣だったっけかな。両刃だったような気もするけど)などと記憶をたぐっているのはここだけの秘密。

 地べたに這いつくばりながら、1人がつぶやく。
「くう……。『勇者の剣』かよ、ずっこいな……」
 むっとして振り向くと、
「悪いかよ。雑魚モンスターを倒しまくって、せっせと貯めたゴールドで手に入れたんだからなっ」と言い返してやった。
「い、いくらした?」
「えーと、たしか170万ゴールドだったかな」
「高っ……!」
 値段に目を回したのか、それとも峰打ちが効いたのか、男はがくっと頭を落とした。

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