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富士山移転計画

「富士山は日本の象徴なのに、なぜ山梨県と静岡県だけに委ねておかねばならんのですっ!」
 そんな声が議員達の間からあがった。
「いわれてみれば、確かにそうですね」総理もうなずく。
「いっそ、いまの場所から移転させてしまってはどうですかな」別の議員がそう提案した。
「移転といっても、どこにです? 日本は狭いですぞ」
「東京湾なんてどうだろう。首都にこそ、富士山はお似合いだと思いますがねぇ」
「ばかなことをおっしゃる。わたしゃ福島出身だが、東京さんはいいもんはなんでも独り占めしたがる。こういうときにこそ、地方に花を持たせるべきかと。かつての震災で意気消沈していることでもあるし、どうですかな、猪苗代湖にぽんっと持ってきては」

 結局、国内である以上、どこへ移転したとしても不平不満が噴出するのだった。
「ええい、ならばもう、月にでも持っていってしまおうじゃないか。あそこなら誰のものでもない。日本だけでなく、世界の財産ということにすればいい」
 破天荒な案ではあったが、かといって反論する理由も見当たらない。
「いいんじゃ……いいんじゃないか、そのアイデア」
「そうだな。たぶん、最良の方法だろう」
 ぱらぱらと手を打つ音が広がっていき、おしまいには盛大な拍手で採決された。

 この壮大な国家プロジェクトのニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。
「オーウッ、ニホンガ、マタ、ユニークナコトヲ、ハジメマシタネッ!」アメリカやヨーロッパでは概ね、驚きと好意を持って迎えられた。
「変態的作業、我国民吃驚仰天。可能的技術有、我思的成功。加油!」いがみ合うことも多い中国でさえ、成り行きに期待感を示している。
 前代未聞の大工事なのだ。つい先だってまで熱狂していた、東京五輪のことさえ、たちまちにして吹っ飛んでしまったほどである。

 作業の手はずはこうだ。
 まず、富士山の裾周辺を掘り下げていく。深さにして、3,000メートル位か。野山に生えている百合の球根を、ざくざくと掘るのと同じ要領だ。
 十分に掘ったら、今度は大量のダイナマイトを地下に仕掛ける。溶岩脈を破壊して、人工的に噴火を促すのだ。
 富士山は大噴火を起こすけれど、足元をすっかりえぐられているので、溶岩を吹き出す代わりに、山ごと押し上げられ、その膨大なエネルギーによって月へと飛んで行く、とまあ、そんな計画だった。

 御殿場や富士吉田に住む人々からは、不安そうな声が漏れる。
「溶岩が雨あられと降ってくるんじゃないかしら。洗濯物とか干したままで、大丈夫かしらねえ?」
「うちは土産物屋なんだが、岩がゴロゴロと落ちてこられちゃ、店に置いてある火山岩の記念品が売れなくなっちまうなあ」

 そんな心配に応えるため、火山学者があちこちのお宅を訪問して、説明して歩いた。
「ただちに影響はありません」開口一番、そう請け負う。「予測では、塞いでいたもの、これはつまり富士山のことですが、そいつが取り払われてしまっているため、爆発的な噴火は起こり得ません。ボコボコと溶岩が噴き出るだけでしょうな。溶岩、あれはああ見えて、結構粘度が高いもんでしてね、噴き出るそばから固まっていきます」
「へえへえ。で、その後、どうなるんで?」
 コホンと1つ咳払いをし、学者は言う。
「富士山があった場所に、新しく別の山ができるんです。プリンそっくりに盛り上がるでしょうから、『プリン新山』なんて名前を付けてはどうでしょうかな」

 近い将来、月を見上げながら同時に富士山を眺める、などという優雅な時間を過ごせるようになるかもしれない。

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