14.和久の憂うつ
そもそも魔法昆虫を捕まえるために結成したタンポポ団だった。このところ、そのことも忘れかけ、半ば探検隊として活動することが多い。
「今日は『岩神様の洞窟に入ってみようか」浩が言い出した。
「えー、バチが当たるよう」そう弱音を吐くのは和久である。タンポポ団の中で一番の臆病者で、いつもしんがりを務めていた。
「ばかね、神様なんいるわけないじゃん」美奈子はばかにしたようにいい下す。
「そうですよ、和久君。『岩神様の洞窟』ですか。なるほど、あそこにはまだ、誰も入ったことがないと言いますからね。また1つ、タンポポ団の武勇談が増えますねえ」元之までがそう言うのだった。
さすがに和久も反対はできず、仕方なくついていくことになる。
洞窟は3丁目の神社の中にあった。門には大きな南京錠が掛けられ、通称「禁断の門」などと呼ばれていた。
「こんな門、ちょちょいのちょいだ」まず、浩が門をよじ登っていく。それほど高い門でもないので、造作もないことだった。続いて元之、美奈子、そしていささかぐずぐずしがらも、和久が登りきる。
門の向こう側はまったく手入れもされておらず、木や草がぼうぼうだった。
「確か、真ん中辺りだって行っていたよ」と美奈子。草をかき分けるようにして、みんなで洞窟を探す。
「あった、ありましたよ!」元之が離れたところから声を上げた。
人の背丈ほどの岩山に、ぽっかりと穴が空いている。大人1人がようやく入れるほどの幅だ。すぐそばには「岩神洞窟」と書かれた看板が立っていた。
「みんな、ライトは持ってきてるだろうな。中は真っ暗だぞ」浩が全員を振り返る。ここに来るにあたって、それぞれがポケット・ライトを持ってくるよう、示し合わせていたのだった。
それぞれがポケットからライトを取り出す。
「じゃ、入るぞっ」まずは浩が先陣を切った。続いて元之、美奈子、最後は和久の順だ。
長年、誰も足を踏み入れたことがないと見え、クモの巣だらけだった。それを浩がライトで振り払いながら、どんどん進んでいく。
手掘りの洞窟なのか、それとも自然にできたものなのか、岩壁はゴツゴツと荒々しかった。めいめいが照らし出すライトが、不気味な影を四方に作りだす。
「神様どころか、お化けが出そうなところだ」浩がぼそっとつぶやいた。
「やめてったら、そんなこと言うの」和久は怯えきった声を出す。
洞窟はさほど深くなく、1分も立たないうちに奥へとたどり着いた。
「思っていたより狭かったですね」と元之が、ちょっとがっかりしたように言う。
「あたし、江ノ島の洞窟に入ったことがあるけど、もっともっと深くて、とっても神秘的だったなあ。あそこと比べると、ここはまるで堀りかけの工事現場みたい」美奈子も、明らかに期待外れといった様子だ。
突き当たりには岩で掘った像が鎮座していた。どうやら、これが岩神様らしい。
「一応、拝んでいこうか」浩は、ライトを持ったまま手を合わせて一礼した。一同も、浩に続く。
浩がいきなり、自分の顔にライトを当て「わあっ!」とみんなを驚かせた。
美奈子も元久も一瞬ビクッとしたが、すぐに笑いだす。ところが約1名、尋常ならざる反応をする者があった。和久である。
「うわあっ!」そう叫ぶなり、出口目がけてまっしぐらに走っていった。ほかの3人は急いで後を追いかける。和久は洞窟の外の地べたに座り込み、真っ青になってブルブル震えているのだった。
「おいおい、そんなに驚くことねえじゃんか」浩は言ったが、
「だって……だって、本当にびっくりしたんだもん。お願いだから、もうあんなことやめてよね」
美奈子達が道を歩いていると子ども達に、「あ、タンポポ団だ」とささやかれることがよくある。先日、ナナイロサウルスを発見し、新聞を賑わせたことが町内でも有名になっていたからだ。
とりわけ小さな子ども達にとってはヒーローのように思われていた。タンポポ団は数多くの冒険をし、危険と困難を乗り越えてきた、そう信じ切っている。
実際には、たいしたことをしてきたわけではなかった。確かに、誰もしようとはしないことを「探索」と称して行ってはきたが。
たとえば、4丁目の平原に架かる、古い吊り橋を渡りきったこともある。
星降り川には、クルマも通れる立派な橋がいくつも架かっていた。だが、昔ながらの吊り橋も未だ残っている。その1つが「旧星降り橋」だった。
「あの吊り橋、いつ切れてもおかしくないんだって」そう美奈子が言ったのがことのきっかけだ。よし、じゃあ渡ってみようか、ということになった。
吊り橋を前に立つと、噂通りいかにも危なげなである。ここ数年もの間、人が渡った形跡もなかった。
「よし、渡るぞっ」浩が吊り橋に、そーっと足をかける。木の板がみしみしと嫌な音を立てた。
「では、わたしも」元之がそれに続き、美奈子、和久が後を追う。
朽ちかけた板の隙間からは、流れの速い星降り川が見えた。10メートルほどの高さはあるだろう。足を踏み外せばどうなるか、想像力を駆使するまでもなかった。
4人が渡り出すと、吊り橋はゆらーり、ゆらーりと揺れだす。
「やめようよぅ、途中で切れたら真っ逆さまだよぅ」いつも通り、和久が弱音を吐いた。
「いやいや、この橋は思っていたほど痛んではいませんよ。板は古くなっていますが、いまのところ腐ってはいませんし、まだまだ十分に使えますよ」そう元之が吟味する。
「なら、こんなことをしても平気だな?」浩はロープを両手でつかむと、橋の上で体を揺らし始めた。
「ちょっと、浩。危ないじゃないの。すぐにやめなさいってば」美奈子が注意するが、それでも浩はやめようとしない。
「やめてー、やめてったらぁ」吊り橋の床にしゃがみ込むと、和久は悲鳴を上げた。彼にしてみれば、ジェット・コースターに乗っているのに等しいことなのだ。しかも、何一つ安全は保証されていなかった。
「浩、もうやめてあげなさい。あんなに怯えているじゃありませんか」元之の言葉に、ちっと舌打つ浩。ようやく橋を揺らすのをやめる。
結局、吊り橋はなんの問題もなく、行って戻ることができた。このことが噂になり、タンポポ団の名声はますます上がっていく。
見晴らしの塔のある公園の森に、それは高い木がそびえていた。子ども達がよく登って遊んでいる。
「おれなら、てっぺん近くまで登れるな」浩が木を見上げて鼻を鳴らした。
「わたしも、かなり高くまで登る自信がありますよ」元之も負けてはいない。
「まあ、美奈子じゃ、せいぜい半分くらいがいいところだろうな」この浩の言葉にカチンときた美奈子は、
「あんたなんかに負けるはずないわ」そう言って、さっそく木を登りだした。この日キュロットを履いてきたことは、美奈子にとって幸いだ。るスカートでは浩の挑戦に応えられなかったからだ。
浩、美奈子、元之は、せっせと木登りを始める。
元之が、下でうろうろしている和久に声をかけた。
「おーい、和久君。あなたも登ってきてはどうですか。気持ちいいですよーっ」
そこで和久は登り始めるのだが、何しろ高いところが怖くてたまらない。ちょっと登ってはズルズルと降り、まだ登っては降りるのだった。
いっぽうの浩と美奈子は意地になっていて、さらに上を目指す。すでに木のてっぺん近くまでやって来ていた。
「あんた、なかなかやるじゃん」と美奈子。
「お前こそ勇気があるな。ここまで登ったやつは、ほかにいねえぜ」
そこから観る周囲の景色は素晴らしいものだった。森から顔を出す見晴らしの塔が、手を伸ばせば触れられそうなほど近く感じられる。
元之はマイペースらしく、木の半分くらいの枝に腰かけ、のんびりと辺りを見渡していた。
和久は、なんとか木にしがみつき、一番低い枝におっかなびっくりしがみついている。彼にとっては、そこですら相当な高さなのだ。
せいぜい、大人の背丈くらいだが。
木のてっぺんで、美奈子は浩に言った。
「そういえば、館長が言ってたっけ。いま調べている魔法昆虫は、どうも鳴く虫らしいって」
「コオロギとかスズムシみたいなのかな。でも、もう11月も中旬だぞ。虫なんか鳴いてねえよな」
「だからよ。もしも、この時期に鳴いている虫がいたら、それがきっと魔法昆虫なんだわ。ねえ、あんた。虫の鳴き声を聞いてない?」
浩は黙って首を横に振る。秋も深まり、虫の姿すら見かけなくなった。
「近所にはいねえようだな。それとも、まだ出現していねえのかなあ」
そんなことを話ながらも、美奈子は浩が初め、とても意地悪だったことを思い出す。いつの間に、こんな仲がよくなったんだっけ?
突然、下のほうから「うわーっ!」と声がし、続いて何かドシンと落ちる音を聞いた。
美奈子と浩は思わず顔を合わせ、大急ぎで降りていく。
木の根元で、地面に尻餅をついた和久の姿があった。
「あんた、木から落ちたの?」美奈子はびっくりして聞いた。
「うん、うっかりしてたら手が滑っちゃって」
「だいじょうぶか、どっこから落ちた?」慌てた浩が和久を起こしに駆け寄る。
「そこ」和久が指差したのは、一番低い枝だった。小さな子どもでも登れる、そんな高さである。
「あきれた!」それが美奈子の率直な感想だった。「落ちたって言うから、もっとずっと上のほうかと心配なったじゃないのよ」
どの道、お尻に青アザができてたのは確かそうである。
「見下ろしていましたらね、和久君が木の幹を滑り落ちていくではないですか。まあ、あの高さですからね。なんの問題もないとわかっていましたが」元之はそう言いながら、最後にのんびりと木を降りてきた。
タンポポ団は、ときどき思いだしたように魔法の虫取り網とカゴを持って街を歩き回った。いつ、魔法昆虫に出くわすかわからないからである。
それを見た子ども達が、
「あ、タンポポ団の虫採りだ」と指差しながら後をついて回った。魔法昆虫のことは内密にしていたつもりだが、いつの間にか広く知れ渡っている。
「浩君って勇気があるんだよな。元之君は頭がすっごくいいらしいよ」
「美奈子ちゃんだってすごいんだ。あの子の不思議な力なければ、魔法昆虫は捕まえられないんだって」
まるで自分のことであるかのように、自慢話で盛り上がった。
それに比べ、
「でも、和久ってダメだよな。洞窟探検のとき、ワンワン泣きながら外へ飛び出したんだってさ」
「いつだって真っ先に逃げちゃうんだ。タンポポ団失格だよな」
そんな声を聞くたび、和久は憂うつになるのだった。自分は本当にタンポポ団には似つかわない。勇気もないし、臆病だし。いっそ、退団してしまおうか……。
そんなときだった。元之が和久の肩をポンと叩く。
「いいですか、元之君。人がなんと言おうと気にしないことです。怖いと思う気持ち、これは大事ですよ。勇気がないということではありません。あなたにはあなたの役目があるんです。ですから、タンポポ団としてての誇りを持ってください。いいですね?」
この言葉に、和久はどれだけ慰められたかしれなかった。ぼくの役目か。そうだ、ぼくは誉れあるタンポポ団の一員なんだ。これから頑張っていけばいいじゃないか!
和久は、心の中でそう誓うのだった。
ずっと後、和久の存在がタンポポ団の、そしてここラブタームーラの運命を変えることになる。
いまはまだ、誰1人として想像すらしていなかったけれど。
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