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通勤ハンバーグ

 新宿で乗り換えようとすると、どういうわけだか必ず迷子になる。埼京線乗り場を探し求め、さっきから3時間も構内をうろついていた。
「あの、どなたか埼京線のホームがどこかご存じありませんかぁ」忙しそうに行き交う人に、そう声を掛けてみる。
「さあねえ、どこだったっけかなあ」
「見たことあるよ。あれは確か、10年ほど前の雪の日だったよ」
 なんてわかりにくい駅なんだろう。

 あてどもなくさまよい歩き、ようやくそれらしい電車に乗ることができた。
「ああ、よかった。これでやっと帰れる」ほっと、胸をなで下ろす。
 それにしても混んでいた。背の低いわたしは、爪先立って吊革につかまらなくてはならない。けれど、押し合いへし合い、たちまちバランスを崩してしまう。その度にまたうーっと背伸びをして、吊革にぶら下がるのだった。

 駅で停まるごとに、降りた客の倍、またどっと乗り込んでくる。ただでさえいっぱいなのに、ぎゅうぎゅうと押しくらまんじゅう状態だった。
「埼京線って、いつも満員だからやだなぁ。しかも、こんなに蒸し暑いのに、冷房なしだなんて」思わず洩らしたわたしのつぶやきに、誰かが反応する。
「埼京線? ああ、それなら乗る電車を間違えましたな。これは最凶線ですよ」
 ああ、やっぱり! どうりで最悪だと思った。
 
 あんまり揉みくちゃにされているものだから、頭の中は「手ごねハンバーグ」のことでいっぱいだ。
 ファミレスで食べた、ハンバーグのセットはおいしかったなぁ。ソースはデミグラで、ナイフで切り分ければ、じわっと肉汁が染み出てくる。

 そんな自分も、ついにハンバーグになるときが来た。いままでは食べる側だったけれど、とうとう食べられる番か。
「あなた、あきらめちゃダメよ。意志を強く持つの。いい? 絶対にハンバーグになんかなっちゃダメだからねっ」そう励ます声がする。
「そうだぞ。頑張れっ。君の人生はハンバーグになることだったのか? いや、断じて違うぞっ!」
「ハンバーグになんてなるもんじゃない。食べられて、それっきりだぜ」
 身動き1つできないなか、周囲の人々がわたしを応援してくれた。

 どうにか耐えようともがいたが、あっからもこっちからも揉まれ続けて、わたしはついにあきらめた。
 お尻の辺りからハンバーグになっていくのがわかる。やがて、腿やふくらはぎへと広がり、あっという間に全身が手ごねハンバーグになってしまうのだ。

 わたしは車内にいる人達に向かって、最後の願いを請う。
「どうか、ファスト・フードなんかには卸さないで下さい。びっくりドンキーとか……せめて、ロイヤルホストへ……」
 過去に食べられてきたハンバーグ達も、こんな気持ちだったのかなぁ。薄れゆく意識のなか、わたしはぼんやりとそう考えていた。

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