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寅さん再び

 教授から、鉱物研究室へ来るようにとの連絡があった。何事だろうと、大急ぎで駆けつける。
「あれ? 誰もいない。人を呼びつけておいて、これだもの」わたしはぶつぶつ言いながら、準備室や掃除ロッカーなどを開けて回る。隠れているかと思ったのだ。
 どこにもいなかった。

 また喫茶室でコーヒーでも飲んでいるに違いない。
 帰って来るまで暇なので、棚に並べられた鉱物資料を見て回ることにした。

 きれいに磨かれた水晶があった。房のついた小さな布製の台座に鎮座している。
「まるで、占いに使う水晶みたい」
 試しに水晶の表面を軽くなでて、「さあ、お宝のありかを教えたまえ」と話しかけてみた。テレビで、頭からすっぽりとヴェールをかぶった占い師がそうしているのを見て、ちょっと真似をしてみたくなったのだ。

 驚いたことに、水晶はぱあっと青く光り、厳かな声でこう告げた。
「書棚の『た』行の奥を探しなさい。そこに求める物がある……」

 わたしはお告げ通り、「た」で始まるタイトルの本を、片っ端から引き抜いて調べていった。
 すると、「たまに見かける少女」というハード・カバーの奥に、小さな隠し扉を見つけた。
 扉を開けて腕を突っ込むと、ひんやりとした金属の感触がある。取り出してみると、丸いクッキーの缶だった。
「年代物のクッキーか」そう思って開けてみれば、中には35ミリの映画フィルムが収まっている。
  
 そこへ、タイミングよく教授が戻ってきた。
「あ、教授。書棚の奥から、こんなものが」わたしはクッキーの缶を差し出した。
「ふむ? どれどれ……」教授はフィルムを窓にかざして内容を確かめ始める。「おおっ! 君、これは大発見だ。『男はつらいよ」の新作じゃないか! さっそく、全国で公開しなくてはならない」

 その日のうちに、「男はつらいよ・復活編」が一斉公開される。
 第1発見者ということで、わたしは入場料が免除された。

 お馴染みのテーマ曲に乗って、「わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です……」。
 満席の観客がわーっとざわめく。
 
 映画は、さくらがハンカチで目をぬぐっているところから始まる。
「……お兄ちゃん、何で死んじゃったのよ。おばちゃんもおじちゃんも、みんな寂しがってるわよ」
 窓の外では激しい雨が降り、ごうごうと風が唸っていた。

 その頃、寅さんの墓石にガラガラッ、ピッシャーン! と稲妻が落ちる。
 墓前の土がもこもこと盛り上がり、血の気の失せた骨と皮ばかりの手が現れるのだった。

 なんだか雲行きが怪しいぞ、とわたしは思い始めた。まるで、ホラー映画である。
 他の客も怒りだしているに違いない、そう考えて振り返るが、誰も彼も真剣な眼差しで見入っている。中には感極まって、泣き出してしまう者さえあった。
 わたしは首を傾げながら、再びスクリーンに向き直る。
 
 「くるまや」で1人留守番を務めるさくら。嵐は収まるどころか、ますますひどくなる。
 近所に落雷があり、この辺り一帯が停電してしまう。真っ暗な中、心細くてたまらないさくらは、思わず言葉に出した。
「お兄ちゃん……」
 ぴかっと閃光が走り、入り口に影が差す。
「呼んだかい、さくら」

 紛れもない寅の声を聞き、さくらは兄がとうに死んだことも忘れ、跳ぶように駆けていってすがるのだった。
「ようっ、帰ったぜ(あの世から)」と寅。
「お、お兄ちゃんっ!」抱きつくさくら。けれど、どうも様子がおかしいと気づく。「お兄ちゃん、もしかしてゾンビになっちゃった?」

 寅さんは困ったように頭の後ろを掻いた。髪と頭皮がぼろぼろとこそげ落ちる。
「それを言っちゃあ、おしまいだよ」

 場内からは盛大な拍手が巻き起こった。

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