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古くて新しいショッピングモール

 わたしの町にも、ショッピング・モールがオープンした。
 一昨年、隣町にイオンが出来たときは負けたような気がして、なんだか悔しかったっけ。

 エコ・バッグを肩からさげ、モールに向かって歩いていると、後ろから友人の桑田孝夫が声をかけてきた。
「よおっ、むぅにぃ」
「あ、桑田も行くの?」わたしは聞いた。
「おう。なんつったって、町内で最初の大型施設だしな。オープン・セールで安売りしてたら、何か買っていこうかと思ってよ」

 入り口付近の通路は、すでに人でいっぱいだ。
「さすが初日だね。混んでるなぁ……」中へ入るのがためらわれた。
「とにかく、見るだけは見てみようぜ。せっかく来たんだしな」桑田はそう言うと、わたしの手を引っ張って人混みをかき分けていく。おかげで、離ればなれにならずに済んだ。

 店の中に入るなり、わたし達は呆気に取られる。
「めちゃくちゃ広いね……」とわたし。
「ああ。だけど、これ以上ないってくらい、小汚いねえな……」
 その後に続く言葉も思い付かず、ばかみたいに2人して立ちつくす。

 広さに関しては申し分がない。隣町のイオンが、そっくり2つは収まりそうだ。
 ところがどの店舗も、使い古した板塀やら、ブリキの板などで組まれている。陳列棚には、ミカンの木箱やすり切れた段ボール箱が使われ、おまけに照明はいまどき裸電球だった。
 そんな装いにも構わず、大勢の買い物客で賑わっている。戦後に存在したという闇市は、きっとこんな様子だったに違いない。

「もしかしたら、こういうのが最新のトレンドなのかも知れないね」自分で言っておきながら、それはないと心の声が反論していた。
「これがトレンドねぇ。そりゃあ、お前。歴史は繰り返す、とはいうけどもよ、いくらなんだって戻り過ぎやしねえか?」

 おもちゃ売り場には、「最新のポータブル・ゲーム」が並んでいた。映像がぼーっと立体的に浮かび上がっている。ただし、モノクロのドット・キャラだったけれど。
「3Dってだけで、あとはファミコンにすら負けてるね」こんな物、いったい誰が買うというのか。

 ペット・ショップを見つけ、立ちどまる。
「なな、むぅにぃ。『クモネコ』ってなんだと思う? ほら、ここに札がかかってるだろ」桑田はかがんだまま、空っぽの水槽を覗き込んだ。
「たぶん、桑田の背中を這い回っている、そのちっこいのじゃない?」
 手の平ほどの毛むくじゃらの動物がシャツにたかっていた。仔ネコにそっくりだけれど、それにしては脚の数が多すぎる。

 背中を見ようと首を回した桑田とクモネコが、面と向かい見つめ合った。
「う、うわっ!」素っ頓狂な声を張りあげる桑田。「取ってくれ、頼むよ、むぅにぃっ!」
「もう、怖がりなんだから、まったく」わたしはクモネコをひょいとつまんで、ケージに戻してやった。
「おれ、クモとかそういうの、大っ嫌いなんだ」

 屋台のような八百屋で、チョコバナナを売っている。気分直しに、わたしはそれを2本買い、桑田にも分けてやった。
「これでも食べて、ちょっと落ち着くといいよ」
「おう、サンキュウ……」チョコバナナをぱくっと一口食べるなり、言いようのない奇妙な顔をする。
「何? どうしたの?」わたしも囓ってみた。うっ、これは……。
「なっ? 言葉にならねえ味がしたろ」

 魚肉ソーセージに餡こを混ぜ、のり塩ポテチを砕いてまぶした、そんなバラエティに富んだ味がした。
「チョコレートだけは本物だよね」わたしは用心深く、ぺろっと舐める。
 桑田は涙目で言った。
「ああ、おかげでダメージ倍増だがなっ」
 魚肉ソーセージにチョコレートはダメだと思う、さすがに。

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