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ウレタンのピラミッド

 道端にピラミッドが捨てられていた。胸くらいの高さはある。
「通り道にこんなもの捨てるなんて、近頃のエジプト人はマナーが悪いなあっ」
 せめて邪魔にならないところへと、ピラミッドを力いっぱい押した。思いのほか軽く、勢い余って、ずでんっとつんのめってしまう。
 ピラミッドはウレタンでできていた。
「くう、イタタ……エジプト人たら、ほんとにもうっ」
 ウレタン製のピラミッドをぎゅうっと丸める。すると手のひらに収まるほどコンパクトになった。そのままポケットに押し込む。
 
 わたしは新宿御苑に向かう途中だった。この時期の御苑は桜が見頃だ。
 入園して日本庭園辺りまで来たとき、
「そうだ。ここに、さっきのピラミッドを置いてみたらインスタ映えするかも」と思い付く。
 ポケットからのぞくウレタンをつまむと、えいっと引っぱり出した。ぽんっ、とピラミッドが飛び出す。地面の上で2度3度弾んだ後、桜の木の下に落ち着いた。
 数千年もの間そこにあったかのように、とても馴染んで見える。
「悪くないな。ほかの花見客も、きっと大満足してくれるに違いない」わたしはスマホを取りだし、パシャッと写真を撮った。

 ピラミッドにはファスナーが付いていて、下ろすと中へ入れるようになっていた。まるで小さなテントである。
「座禅を組むのにいいかも。下地もふかふかのウレタンだし、足が痛くならないしね」
 ピラミッドに潜り込むと、内側からファスナーを閉じた。このウレタンは光を通さない生地らしく、鼻をつままれてもわからないほどの闇となる。

 座って足を組んだ。止水明鏡、さっそく心が落ち着いてくる。あんまり暗いものだから、自分でも目を閉じているのか開いているのかわからない。
 ピラミッド・パワーの成せるワザか、外の様子が手に取るようにわかった。桜の花びらが舞い落ちる音さえ、耳に入ってくるのだ。

 大木戸門の辺りから見知った足音が近づいてくる。ああ、友人の桑田孝夫と志茂田ともるだな。あっちから入ってきたということは、丸ノ内線で来たのか。
 2人は何も知らずにこちらへ向かってきた。
 池のそばにピラミッドがあるのを見つけ、
「おい、見ろよ志茂田。こんなところにピラミッドがあるぞっ」
「なんでしょうかねぇ、春のイベントかもしれませんね」

 わたしはファスナーをそっと下ろし、顔を出した。
「やあ、2人ともっ」桑田と志茂田は、ギョッとして後ずさりをする。「入っていかない? 古代エジプトの神秘を体験させてあげる」
 両者とも顔を見合わせて、遠慮がちに言うのだった。
「いや、今日はやめとくよ。ほら、あれだ。まだ、ほかの桜も見て回らなきゃならないしな」
「ええ、ええ、そうですとも。それに、わたしはピラミッド・アレルギーでして……」

 桑田達は足早に去っていく。本人達はひそひそ話しているつもりかもしれないが、わたしにはすっかり聞こえていた。
「ピラミッドだぜ。小学生かっ、つうの。なあ、志茂田」
「危うく、われわれも巻き込まれるところでしたなぁ。ふう、やれやれです」
 ふだんのわたしなら怒り狂ったかもしれない。けれどいまは、ピラミッド・パワーの力を宿しているのだ。自分でも驚くほど冷静だった。

 ハトのフンを頭の上に落としてやる。今日はそれで勘弁してやろう。 

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