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三毛ネコを追って

 ポッキー片手に三軒茶屋を散歩していると、花屋の前で見覚えのある柄の三毛ネコが。
「チレット?」声をかけるとネコは振り返り、「あ、やばっ」という顔をして、一目散に逃げ出した。
「あ、こら。待って」その後を、わたしは駆け足で追う。
 チレットは商店街を走り抜け、テナントばかりのビルへと入っていった。

 わたしは階段を上り、チレットを探し回る。
 2階は美容室、アパレルなどが集まっていた。ピンクハウスの店先に、たっぷりフリルのついたピンクのワンピースを着て、頭にはピンクのウサギのコサージュを載っけた店員が立っている。
「あのう、すみません。こちらに三毛ネコが走ってきませんでしたか?」わたしは尋ねた。
「見ましたよ。上の階に上がっていったみたい」店員はニコニコと、笑顔を絶やさずに答える。
「そうですか、ありがとうございます」
 わたしは礼を言って、さらに上を目指した。

 3階はレストラン街だ。和食、洋食、中華と、なんでもそろっている。
 寿司屋ののれんをくぐり、大将に声を掛けた。
「失礼します。この階に三毛ネコが逃げてきたと聞いたんですが、見かけませんでした?」
「へい、らっしゃ……なんでぇ、客じゃねえのか。三毛ネコだって? そういや、さっき何か走り回る音がしたな。そいつなら、この上のフロアへ行っちまったようだぜ」
「情報、助かります。あ、この次は客として寄らせていただきますね」

 4階はやけに薄暗かった。照明はついておらず、照らすのは、開けっ放しのカーテンから差し込む外の光ばかり。
 物置かとも思ったが、どうやらかつてはプレイ・ランドだったらしい。壊れたビデオ・ゲームの筐体が、あるものは横倒しになっており、また別のものは分解され、中身がほじくり出されていた。
 クレーン・ゲームはガラスを破られ、中にあっためぼしい景品はあらかた持ち去られている。残っているのは、不人気のマスコットばかりだが、それらもホコリをかぶり、すっかり色褪せていた。

「ここはまるで廃墟だなぁ」こうして立っていると、自分までも打ち捨てられたような気分になる。
 いきなり、まぶしい光を顔に当てられた。
「おい、君。そこで何をしているっ!」
 わたしは顔を手でかざし、薄目を開けながら相手を伺う。どうやら、巡回中の警官らしかった。
「えっと、あの――」
「あのー?」警官は意地悪そうに言い返す。
「このビルに、うちのネコが入り込んだらしくって、探しに来たんです」
「ほう、ネコがねえ……」
「本当なんですって。小柄で、ソックスをはいたみたいに足の先が茶色い三毛です」わたしは必死になって、説明をした。

「その、手に持っているものはなんだね? こちらに渡してもらおうか」警官は、わたしのポッキーを取り上げる。「このお菓子、まさかそこのクレーン・ゲームから盗んだものじゃないだろうね?」
「いいえっ! 三軒茶屋のキオスクで買ったんです」
「ふうん。まあ、いい。しばらく、わたしが預からせてもらうよ」
 横暴だなあ。内心ではそう思ったが、言葉に出すわけにもいかず、
「はい……どうぞ」とだけ言った。

 わたしは、近くの交番へと連れていかれ、1時間にも渡ってあれやこれやと聞かれる。
「すると、君は飼いネコを探しにあのビルに入ったのだね?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃないですか。これで150回目ですよ。それに、飼いネコじゃありません。うちの実家で世話をしているネコです。家族なんだから、飼う、だなんて言葉は使って欲しくありませんっ」
 そこへ彼の部下と思われる若い巡査が、ネコを抱きかかえて戻ってきた。
「ネコ、いました。三毛ネコだし、この子に違いないかと」
「あ、チレット」わたしは呼びかけた。今度は逃げ出そうとせず、こちらを見て「にゃあっ」と返事をする。

 わたしの不法侵入の嫌疑はこうして晴れた。
「いや、すまんすまん。近頃、浮浪者や犯罪者が廃屋に忍び込む事例が多いもんでね」頭を掻きながら言い訳をする警官。
 ポッキーは返してもらえたけれど、箱の中をのぞくと、何本かはすでに食べられていた。

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