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山の上の魔法使い

 遠い親戚が魔法使いをやっていると聞かされ、興味半分、あいさつがてら、遊びに行くことにした。
「かまぼこ山のてっぺんか。ずいぶんと、人里から離れたところに住んでるなあ」
 新宿から山手線で2時間。別名、「裏新宿」などと呼ばれ、訪れる者も少ない。
 本当に魔法が使えるというのなら、「表新宿」の一等地にでも居を構えて、堂々と商売でもしたらいいのに。あの界隈は怪しいもの好きが多そうだから、インチキだったとしても稼げるのだろう。
 そんなことを考えながら、電車に揺られる。
 
 「裏新宿」で電車を降り、寂れたロータリーでタクシーに乗って30分、わたしはようやく「かまぼこ山」の麓へとたどり着いた。
 ここから先はクルマも入れないような細い道が続く。もっとも、たかだか300メートルほどの山なので、急がずとも30分ほどで登り切れた。
「魔法だとか、たいそうなことを言ってるけど、せいぜいシルクハットからハトが飛び出すくらいなんだろうな。でも、手品と違って種も仕掛けもないというのなら、それはそれですごいことだけど」急な山道を、ははぁはぁと息を弾ませながら足を運ぶ。
 ふいに展望が開け、桜の木立が現れた。木々の間に、ひっそりとロッジが建っている。近づいてみると「山の魔法使い・大垂水みどり」と表札がかかっていた。
「ああ、ここ、ここ。間違いない。大垂水さんだ。でも、名前が『みどり』って、ちょっと意外だなぁ」

 チャイムを鳴らすと、ほどなく玄関に人の立つ気配がした。
「どちら様ですかな」ドアから顔を出したのは、背の低いわたしより、なお小柄な老人だった。真ん丸な顔に白い髭をたくわえ、黒縁眼鏡をかけている。フライドチキンで有名なあのおじいさんを、そのままぎゅっと縮めたようだ。
「あの、昨日電話をした、むぅにぃですが」わたしは手土産の「東京バナナ」を差し出す。
「おお、わしの遠縁のっ」魔法使いは「東京バナナ」を受け取ると、
わたしを中へと招き入れた。「よく来てくれたね。遠くから疲れただろう。さ、そこのソファーにかけて休みなさい」

 魔法使いの住みかというので密かに期待をしていたが、三角フラスコもコウモリの干物も見当たらなかった。
 あるものといえば、100年は使っていそうな柱時計、薪ストーブ、黒光りをしたチェストなど、どれも骨董品のような生活用品ばかり。
「電話では話さんかったがね、わしはお前さんがまだ、こーんなちっこい頃に1度、会ってるんだよ」魔法使いは、両手を物差しに語る。どう見ても、夏みかんが1個、といったところ。どうやら、わたしは未熟児にも及ばなかったらしい。
「そうなんですか。じゃあ、初対面じゃなく、再会なんですね」
「さよう。それにしても、あのちっこかったお前さんが、こんなに大きくなるなんてなあ。これこそ、まさしく魔法といえよう」魔法使いはわたしをじっくりと観察し、感慨深そうにため息をつく。
 
「大垂水さんって、魔法使いなんですよね?」わたしは聞く。
「うむっ」魔法使いは自信たっぷりにうなずいた。
「あの、いきなりで失礼だとは思うんですが、何か魔法を見せてもらうわけにはいかないでしょうか」
 わたしが頼むと、にっこりと微笑む。
「お安いご用だ。ほら、あそこのテーブルの上をご覧。空っぽのカゴがあるだろう?」魔法使いは、指差した辺りをつまむような仕草をしてみせた。司会者がフリップの伏せ字を剥がすように、ぺりっと空間をはぎ取る。カゴの中に真っ赤なリンゴが山盛り現れた。
「わっ、すごいっ!」わたしは驚いた。「どこから出てきたんですか?」
「もともと存在しておったよ。とかく、この世は目くらましがはびこっていてな。そいつをひん剥いて、真の様を明かしたまでのこと」

「じゃあ、どこもかしこも偽りだらけ、ってことなんですか?」わたしは気味悪くなり、周りを見渡す。
「さよう。小屋の外に出てみようか。麓の町が見えるね? あの真の姿を見せてあげよう」
 魔法使いは両手を伸ばし、ポスターを貼り替えるように、景色を剥がし始めた。
 空や雲は何ら変わらなかったけれど、町の様子は一変する。家もビルも残らず消えてなくなり、銀色の巨大な建造物に取って代わった。
「見なさい。お前さんが町だと思っていた場所を」と魔法使い。
「まるで、SF映画に出てくる宇宙船みたい」わたしは呆然とした。
「まさにその通り。夜、人が寝静まった頃に、遙か銀河の果てまで飛んでいっては、また戻ってくる。誰1人として気づかぬままにな」

 たぶん、わたしの町も同じだろう。毎夜、何億光年もの旅をし、帰ってくるのだ。
 朝、ほのかに昂揚感を伴って目覚めることがある。
 それはきっと、夢の断片に残されたかすかな痕跡に違いなかった。

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