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大きな大きな絵本

 ピンポーンとチャイムが鳴った。
「こんにちはーっ、毎度お馴染みの宅配便ですよーっ」
 えっと、何かポチったっけ? とりあえず、引き出しからシャチハタを探し出すと戸口へ急いだ。
「はいはいっ、いま行きます」
 ドアを開けると、やたらと大きな荷物が目に入る。
「なんですか、これ?」わたしは思わず聞いてしまった。
「さあ、なんでしょうねぇ。うちはただ、お届けにあがっただけですから」
 ごもっとも。
 
 受け取り証にハンコを押すと、配達員に手伝ってもらいながら荷物を中へ運び入れる。
 包みを解くと、ふすまほどもある大きな絵本が現れた。
「まるで巨人の本だよ……」自分が小人にでもなったような気がしてくる。
 タイトルは「いもほり名人、南の都に行く」。表紙には、どこか間の抜けた人物が篭を背負って、黄色いレンガの道をのんきに歩いていく姿が描かれていた。
 
 ページをめくってみる。これがなかなか大変な作業だった。何しろふすまなのだ。
 やっとのことでめくり終えて、「あっ」と声をあげた。ページに沿って、四角く空間が切り抜かれている。その向こうには、表紙に描かれている世界が広がっていた。
 花咲乱れる野原を、どこまでも伸びる黄色いレンガの道。そのずっとはるか遠くには、ピンク色の城が霞んで見える。あれが南の都なのだろう。

「絵本の舞台、というわけか」わたしは少し逡巡したが、ままよと足を踏み入れた。
 たちまち、むせ返るほどの花の香りに包まれる。素足に、ひんやりとしたレンガの感触が伝わってきた。靴を履いてこなくては。
 いったん部屋に戻ると、玄関からスニーカーを取ってくる。

 再び絵本の国へと飛び込み、道に沿って歩き始めた。
「あのピンクの城まで、どうか無事に着きますように」心配性のわたしは、早くも先行きを案じていた。物語の進行上、続々とトラブルが襲いかかってくることは想像に難くない。それまでに仲間がちゃんとそろっているといいのだが。うっかり出会いそびれて、何もかも独りで対処するハメになったら最悪だ。

 そもそも、この旅の目的は何だろう?
 絵本のタイトルを思い出してみる。「いもほり名人、南の都へ行く」。
 きっと、芋掘りの名人が活躍する話なのだろう。案外、芋を掘っただけで終わりかもしれない。近頃の本ときたら、オチも何もあったものじゃなかった。
 
 あれ? 待てよ。この絵本の主人公は「いもほり名人」だが、わたしの目を通して物語が紡がれていた。ということは、わたしが芋掘り名人ということになる。
 ぽっと表紙のイラストが蘇った。間抜けそうな芋掘り名人が、ぴょこたん、ぴょこたんと歩いている、そんな絵だ。

 どこかで見た顔だとは思っていたが、それもそのはず。毎日鏡でお馴染みの顔だった。

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