見出し画像

【日記】授業を間違えた

 学部ごとに棟が決まっているわけでは無かったが、勝手にそんな印象を受けていた。

「この棟のこの教室で行われているのはこういう授業が多いよね」

そういった慣れからくる弛んだ思考が違和感を気付きにするまでの時間を引き伸ばす。

 気付いたのは先生(別学部なので教授かどうかも分からない)の「皆さんは経済学部なのでお分かりだと思いますが」という発言が二回続いた時だ。その後も言われて通算四回、おそらく私だけお分かりでは無いことに腰を丸めながら経済の話を聞いていた。

その時点で教室を出て真下で行われている本来行くはずだった授業に出ればいい。さも腹が痛いんです。みたいな顔をすれば必修でもない科目でわざわざ何か言われることもない。

それをしなかったのは、それまでの三十分で授業の内容にすっかり惹き込まれていたからだ。

 資本主義と経済発展史。普段なら字面だけで忌避するような話も聞いてみると面白いもので、『大きな政府』に対する批判と新自由主義の台頭。福祉国家が立ち行かなくなるまで。マーケットに政府が介入しないユートピアが実現しない社会防衛との矛盾。近代以降の市場経済が生んだ擬制によって社会的な帯紐を引き裂かれた個人としての私たち。
ここまで真面目に年上の話を聞いたのは先週病院に行った時以来だった。

二度と受けないであろう授業、もう会うか分からない先生という距離感も何か心地いい。教授に認知されると単位が取りやすいとよく言われるが、そんなことされたら本当に授業に行けなくなる。本当になるべくこっちを見るな。

 そんなこんなで、私は経済学部ではないのですが、と思いながら過ごす時間は何故か少しだけ充実していた。本来行くべき授業の欠席という事実と合わせてトントンと思いたい。

あるいは、利益の話を散々聴いた後に何の益にもならない思考に耽っている自分は、本当に経済学部に入らなくて良かったと思えたことを幸運に思おう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?