インタビュー・座二郎さんに聞いてみよう!
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インタビュー・座二郎さんに聞いてみよう!

オルカパブリッシング

このインタビューは昨年11月に作った雑誌「無駄 vol.1」に掲載すべく、同年10月に行ったものです。ぼく兼藤伊太郎は特に座二郎さんと面識があったわけではありません。TwitterのDMで依頼し、受けていただいて実現したインタビューです。座二郎さん、本当にありがとうございました。座二郎さんは建設会社で勤務しながら漫画を発表されているということで、「仕事と創作の両立」というテーマでお話を聞こうと思っていました。が、なんだか話はちょっと違った方向に・・・。でも、働きながら創作をする人へのエールとなるお話だったと、ぼくは思います。少なくとも、ぼくは座二郎さんのお話が聞けて勇気づけられました。仕事、すごく憂鬱だけど、がんばろう。

伊太郎) ぼくは実は「WIRED」のWeb連載で座二郎さんの存在を知ったんです。あれ、僕の好きな場所が結構出ていて、箱崎ジャンクションとか、日本科学未来館とか、東京駅とか東京モノレールとか、あと前川國男邸とか。座二郎) 前川國男邸は小金井公園の江戸東京たてもの園にある建築物ですね。私は中学ぐらいまでは花小金井に住んでいて、自転車でよく小金井公園まで行っていました。まあ、その頃にはまだ江戸東京たてもの園は無かったのですが。前川國男邸は今の私の家に多大な影響を及ぼしてますよ。
伊太郎) ぼくも家が近くて、子どもの頃よく行きました。江戸東京たてもの園の中でも前川國男邸は好きな建物です。あの家の中の空間の開放感が好きです。座二郎さんのお宅も、あの空間の影響があるんですね。
座二郎) そうですね。でっかい空間が中心にあって、あとは周りに貼り付けるっていう。
伊太郎) その屋根の無いのが座二郎さんのお宅ですね。
座二郎) 屋根、発注し忘れちゃったんです(笑)。

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建築と漫画

伊太郎) 座二郎さんは建設会社でお仕事されてるんですよね?
座二郎) そうです。大学では建築科でした。建築家で漫画を描く人、ヨーロッパでは多いんですよ。日本では一人もいないんですけど。向こうの漫画って空間的なのが多いじゃないですか。バンドデシネとか。ブノワ・ペータースとフランソワ・スクイテンの『闇の国々』はきわめて建築的ですよ。文化庁メディア芸術祭の時、彼らも招待されていて、サインもらいました。
先日、コンピューティングデザインの人と話したんですけど、彼らは「何千年間続いてきた、空間を平面、紙なんかで共有する文化と戦ってるんだ」って。パソコン上では三次元的な表現も可能なのですが、そうした平面的なものから人は抜け出せない。
建築も漫画も、お話みたいな流れのあるものや、空間のような広がりのある、ひとつづきのものを紙で表現するということに関しては結構似てるんですよ。漫画のコマ割りって、時間の流れを図解したものなんです。
伊太郎) 流れがあるものを分解して作られてる。
座二郎) 物語は重力の方向に流れていくんだって、スタジオジブリの人が良く言うんですけど、断面図と漫画のコマって似ていて、人間って上から下に読んでいくようになっているんです。
伊太郎) 習性というか、本能的にというか。
座二郎) 漫画と建築はぜひつないでもらいたい部分で、そこをつなぐのが私の役目だと思っているんですが。

漫画家・座二郎ができるまで。

伊太郎) 座二郎さんはお仕事されながら漫画という創作活動をされているわけですよね?ぼく自身も、仕事をしながら創作、小説を書いたりしているわけなんですが、なかなか時間のやりくりだとか難しいですし、忙しいとどうしても創作がおろそかになってそのままやらなくなってしまったり。
座二郎) 今の俺がまさにそれですね。
伊太郎) お仕事お忙しいですか?
座二郎) いや、働き方改革で時間は増えたんですけど、そのぶん家族につかっちゃいますね。休日は家族と一緒に過ごします。もともと漫画を描くのにあんまり休日は使ってないんですけど。
伊太郎) 完全に電車の中で作業をされてるんですか?
座二郎) 電車の中ではアイデアを練るのと、ネームと、ペン入れくらい。色塗り系の作業は絶対電車の中ではできないのでそれは家でやってましたねって、まだ漫画家辞めたわけじゃないんですけど、別に色々やっていることがあって、今漫画書いてないんですけど今のやつが終わったらまた漫画を書こうと思ってます。
伊太郎) 漫画を書き始めたのはいつ頃ですか?
座二郎)  2005年ぐらいです。「デコミ」っていう、私のブログにもまだ残ってますが、それが初めてです。当時インターネットラジオやっていて。
伊太郎) 「デコミ」読ませていただきました。面白かった。あれが初めてってのは驚きです。ラジオはどんな内容のラジオだったんですか?
座二郎) まあ、無駄話をすると言うか、その頃ちょっと流行ってたんですよね。タナカカツキさんが「でっち上げラジオ」略して「デジオ」っていうのをやっていて、それで俺もやってみようって。うちに録音機材があったんですよ。もともとバンドやってたんですね。大学の仲間たちと、「安楽座」っていうバンドで。これ当時、実家のあった大田区にあったポルノ映画館の名前なんですよ。これすげえ名前だなって「安楽座」ってバンド名で始めたんです。で、バンドをいくらやっても売れなくて。みんな俺が描いたジャケットだけ褒めてくれるんです。
伊太郎) その頃から絵がお上手だったんですね。
座二郎) 作詞作曲全部やってたんですけど、メンバー6人くらいいて、結構頑張ったんですけど。全然売れなくて。で、その頃に嫁さんと知り合って「あなたは声がいいから、インターネットラジオをやってみなよ」って言われて始めたんです。で、それのネタが欲しくて、会社帰りの電車の中で漫画を書いてみた、ってのをやってみたんですよ。2ページくらい描いたら、結構上手く描けちゃったんですね。ノートに下書き無しで。描き始めて4ページか5ページで一話が終わるんですけど。自分で見ても結構上手くて、これはいけるなと思って、そのまま40ページくらい描いたんですよ。で、当時「モーニング」で何でもアリみたいな公募があったんです。今でもやってるのかな?で、それにそのまま、ノートの形のまま送ったんです。そしたらいきなり上から2番目の賞を取ったんです。かわぐちかいじさんにすごく褒められて。
下書きなしでいきなり40ページ書いて入賞した人ってあんまりいないと思うんですよ。それで調子に乗っちゃったんです。そっからデビューまで10年くらいかかっちゃうんです。最初は「本誌デビューしちゃいましょうよ」って言ってた担当の編集者に、キレイに書いてくださいって言われたのが気に食わなくて、気づけば担当もいなくなっちゃったんです。
そして、その頃ちょうど仕事でアメリカに行くことになるんです。結婚した直後ぐらいに、会社の方から「1年間勉強してきなさい」って言われて。本当は会社辞めようと思ったんですよ。
伊太郎) それは漫画でやっていこうということですか?
座二郎) いや、会社員はあまり向いてないと思ってたんですよ。今でも向いてないと思ってるんですけど。漫画家になるかは置いといて、一回会社辞めようと思ったんですよ。そこにニューヨーク行けって言われて、じゃあいいかって、面白そうだなって思って。あそこで行っちゃったのが間違いだったのかもしれないですねえ。
伊太郎) 間違いなんですか(笑)?
座二郎) アメリカ行って、まあ、仕事もしてましたけど、楽しくアメリカ見て回って、一年経って帰ってきたんですね。帰ってきて、西船橋に社宅があるって言うので、一回社宅入るかって入ったら結局10年いたんです。そこで子供も生まれて、家も建てちゃったので、会社を辞められなくなっちゃうんですけど。
基本的に最近会社辞めたいスタンスなんで。やめられないんですけど、だから今日はポジティブに仕事と創作の両立の話を今できないんですよ。
伊太郎) (笑)。

漫画、写真、絵本

座二郎) 2005年に東京都現代美術館でやった大竹伸朗の「全景」展を見て感動して、大竹伸郎に会いたいっていうので、でも、ファンです、みたいのはイヤだったので、彼が審査員をしていたエプソンカラーイメージングコンテストに写真を応募するんです。「多重旅行」ってタイトルで。多重露光を使った作品なんですけど。それが入賞しまして、大竹伸朗に会えました。
その後、息子が生まれて、漫画も誰も声をかけてくれないので、絵本を書くんです。「ぼくのへや」っていう。子供って、ダンボールで遊んだりするじゃないですか。ダンボールの中に入るとすごい世界が広がってるって言う、非常に座二郎っぽい絵本なんですけど、それを私と私の大学生時代の友人で、芥川賞の候補になったことのある奴がいるんですけど、そいつが文章を書いて、私が話と絵をやって、それをコンテストに出したら入賞したんですよ。私の輝かしい人生の1ページですね。漫画も、絵本も、写真も、全部一発で入賞するんですが、その先芽が出ないって言う。それから原画展をやりましょうって言われてやったんですけど、それを見た小学館の編集者から声がかかるんです。それで、スペリオールのWeb連載が始まるんです。

座二郎の由来

座二郎) ちなみに、座二郎って名前は私のやってたバンドの安楽座から来ているんです。地下鉄のザジじゃないんです。
伊太郎) そうなんですか。てっきり『地下鉄のザジ』が由来かと。
座二郎) みんなそう思っているんですけど、違うんです。元々座二郎って名前があって、その座二郎が地下鉄に乗って漫画を書くっていうことでネタにしたんですね。これで地下鉄の座二郎だって。別に地下鉄じゃなくても良かったんです。座二郎だったから地下鉄で漫画を描くようになったんです。

絵本「おおきなでんしゃ」ができるまで

座二郎) Web連載が文化庁の推薦作品になって、それから単行本が出るんです。その頃に、あかね書房の編集者の方から絵本のお話をもらったんです。
伊太郎) 「おおきなでんしゃ」ですね?「おおきなでんしゃ」のアイデア自体は「デコミ」の段階で出てきますよね。
座二郎) そうですね。もっと言うと、実は大学の頃の建築科の作品なんですけど、「レクイエム95」って、1995年の課題なんですけど。
伊太郎) 阪神大震災の年ですね。
座二郎) 震災の鎮魂歌を書きなさいっていう課題で、私は長い紙、1 メートルくらいある紙に、電車の中を描いて、車両の中に実際に無いような建物があったり、蛇口がついていたり、当時の首相の村山首相と麻原彰晃がドアの向こうから乗ろうとしてきたりとか。そういうのを制作したんです。安部公房の『箱男』の中で「我々はニュースを見て自分が生きていることを確認しているだけなんだ」って書いていて、「今日はどこどこで地震がありました。でも、あなたは生きています」「阪神タイガースが優勝しました。でも、あなたは生きています」それによって、自分の安全さを確認しているだけなんだよ、ってのを読んだので、それを描いたんです。それが18年後の「おおきなでんしゃ」につながっている。その時からやることが基本的に変わってないんだな、と思って。昔から、ヘッドホンをつけて、電車の中で一人空想するっていうタイプの人間だったってことかもしれないですね。

透明になっていく

座二郎) ここからが座二郎という名前が透明になっていくんです。絵本売れず、漫画も売れず、どっちもあまり売れず、褒めてはもらえるんですけど。「WIRED」の連載したり、食べログの、食べログじゃないか、ぐるなびだ。こんなことだから多分クビになっちゃったんですけど。
伊太郎) (笑)。
座二郎) それも俺が描かなかったんですよ。描くペースが落ちちゃって。締め切りを設けなかったのが駄目だったんです。会社が忙しいので、締め切りは設けません、って言ったら、ズルズル書かずに打ち切りになっちゃった。最終話のネームが1年くらいカバンに入ってます。締め切りがなかったのが最大の失敗ですね。「WIRED」の連載が終わった今、連載は無いです。たまに建築雑誌からイラストや漫画の依頼が来る程度です。

座二郎、家を建てる。

座二郎) それで、家を建てるんです。家はクリエイターとして戦略を持って臨んでいると言うか。自分で家を建てるからには絶対面白いことをやろうと思って。
伊太郎) 前川國男邸の影響を受けたお宅ですね。
嫁さんとデートで江戸東京たてもの園に行って、ふたりで前川國男邸に行ったんです。で、こんな家いいね、っていうのがあって、やっぱり住みたい家が夫婦で似ているのは上手くいきますよ。あの家自体はそれなりに面白いものができたとは思っているんですけど、最近、大誤算に気付いたんです。
伊太郎) 何ですか?大誤算って?
座二郎) ローンを借りて、家という作品を作るということは、私の今後の人生も担保にしちゃっているので、今の会社にかなり強く依存していかざるを得ないという。だから家を失ってもいいという覚悟であれば、会社を辞めちゃえるんですよ。でも結構あの家のことは考えていて、子供の教育とかそういうことも考えていて、なるべくいい地域に住みたいと思って場所も決めました。長男は小学校2年生で引っ越していて、その影響か今でもあまり友達がいないんですよ。その状況を踏まえると「もう一度引っ越し」とか言えないっていうか、別に辞めたらすぐに引っ越さなきゃならないってわけじゃないんだけど、引っ越すことも視野に入れてできるのかって言うとすごい悩んじゃって、っていうのが最近の座二郎の毎日なんです。
伊太郎) 全ての力を創作に注ぎ込んだらどうなるんだろうって思いませんか?
座二郎) 思いますねー、思うなー、思うわー。
伊太郎) とはいえ、生活もありますし、なかなか思いきれないと言うか、おそらく全ての仕事と創作を両立する人の悩みだと思うんです。そうした苦悩を、座二郎さんのような、単行本や絵本を出版してる人でも持っているんだっていう、そこに励まされるというか、そうした苦悩は自分ひとりじゃないというか、おこがましいかもしれませんが、仲間を見つけて、勇気をもらった気がします。反面、そうした苦悩はもしかしたらどこまで行っても解消されないのかもしれない、という軽い絶望感もありますけど(笑)。
座二郎) 20代の自分が今の、40代の自分を見たら、成功してるって思うんじゃないかって気がするんですけど。
伊太郎) そうだと思います。僕もそう思います。
座二郎) 全然、毎日が虚しい。本当はもっと売れたかもしれないのにって毎日思ってます。会社のクソみたいな出来事と、毎日毎日戦ってるんですよ。漫画でもちょっと書きましたけど、適応障害になって、抗うつ剤飲むくらい、会社の仕事イヤなんですよ。今でもイヤなんです。仕事で福岡に行く飛行機の中で過呼吸になりそうになるくらいイヤなんです。でも、あの家引っ越せないじゃないですかあ。

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オルカパブリッシングは現実と幻想のあわいを所在地とする出版社です。主な出版物は「哲学から鉄道まで、総合カルチャー誌『無駄』」そのフリーペーパー版の「MD」など。ラインナップは増える予定です。たぶん。文学フリマ東京出店予定です。BASEのしゃち書店でも売っていたりします。