出張の夜

 備え付けのシャンプーは安い消しゴムみたいに甘い匂いがした。それでも、熱いシャワーに疲れが溶けて流されていくのは気持ちいいものだ。安宿だがお湯は熱く水量も申し分ないのは救いだった。

 風呂からあがるとベッドに倒れ込むように寝転がる。頭はスッキリするのに、シャンプーで身体を洗うとヌルヌルした感じが残るのは何故なんだろう。そんな、どうでもいいことを考えながら明日の予定を反芻する。忘れ物はない。

 ビールは小さな冷蔵庫の中、つまみもまたその冷蔵庫の上にある。たった一歩の距離が煩わしく、一杯やる気にもならなかった。タバコを咥えてBGM代わりにTVをつけた。世界の反対側でも人々は暮らしていて、その現実をデフォルメして放送する番組では、司会者が大声でなにかまくしたてている。

 俺はと言えば、商談でこの街に出張してきたしがないサラリーマンに過ぎず、世界を変えることも悪者を退治するヒーローにもなれそうにない。

 ああ、そうだ。明日の商談がうまく行けば、少なくとも俺の世界は平和であり、女房子供に土産も買ってやれる。そこそこの人生がそこにある。だから現実だけを見て生きている。この歳になると、夢は夜見るもんだ。

 少しの寂しさとともに眠る。いい夢見られるかな?ふとそう思った。

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