【嘘ドキュメンタリー】社長・五木武利
プロローグ
私は五木武利(いつきたけとし)、50歳。
ついに自分の会社を立ち上げることに成功し社長となった。社員は今のところ私と城有君の二人しかいないが、これから拡大していく予定だ。
私は今まで実に数々の苦難を経験し、乗り越えてきた。何度も泣き、のし上がってきた。雨に打たれ、風に吹かれ、雷に打たれ、ゴミ箱にぶち込まれてきた。スピード違反で警察に捕まったこともあった(それはお前が悪いだろ)。実に波乱万丈な人生であると言えるであろう。
#1「社名編」
会社を立ち上げることになったのはよいものの、実はまだ肝心の社名が決まっていない。これはゆゆしき事態じゃあないか!そんなことを思っていたある日の夜、近所のスーパーで半額になったお惣菜を買いあさって会計を済ませ店を出ようとした時、掲示板に貼られていた一枚のポスターに目がとまった。
「千須凪志男先生 サイン会」
千須凪志男(せんずなしお)先生!私の愛読書「踊り場の殺人」の作者!私が死ぬまでに一度はお目にかかりたいと夢にまで見た先生のサイン会、だと!?!?
これは行くしかない!そうだ、サインを書いてもらうついでに先生に社名もつけてもらえるようお願いしてみよう!
我ながら名案を思いつき、それからはサイン会の日が待ち遠しくて仕方が無かった。
そしてついにやってきた当日、私は泣きの1万円で買った洋服の○山の在庫処分のスーツを身にまとい、会場へと向かった。ついにあの千須先生にお目にかかれるのだ!
会場につくと、既に10名ほどの行列ができていた。その行列の先には…千須先生、その人が座っていた!私よりも二回りほど年下の先生はニコニコと愛想よく笑みを浮かべ、ファンのひとりひとりに対して丁寧にサインを描いていた。自分の番が近づくにつれて、胸が高鳴る。こんな気持ちになったのは果たして何年ぶりであろうか。
そしてついに私の番は回ってきた。
「わざわざ私のサイン会まで足を運んでいただいてありがとうございます」
「あ、あの、あの、私、千須先生の、ファンです!!」
憧れの先生を前にして私は極度の興奮と緊張のあまり限界ヲタクと化してしまったのであった。その熱量は私の鼻息で先生の前髪を揺らしてしまうほどであった。
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
「はい!!踊り場の殺人、大好きです!!」
「ああ、そりゃどうも」
「あの!私、最近会社を立ち上げることになりまして」
「はい…」
「その、社名をぜひ先生に考えていただきたいのでございます!!」
「そんな社名なんて重大なものを私が?荷が重いですよ…」
「いや、どうしてもお願いしたいのです!この通りです!!」
私はその場で土下座をした。
「いやいやそんな、頭をあげて下さい!私が社名をつけてしまって本当によろしいのですね?」
「は、はい!!!!」
「それでは、プリンアラモードとかどうですか?株式会社プリンアラモード」
「ぷりん、あらもーど…?」
「ええ、さっき通りがかった喫茶店の看板にあって、美味しそうだったんですよねー。響もかわいいし、良いんじゃないですか?」
「可愛い、ですか…」
プリン、アラモード。可愛い。中年男性二人組の会社名にしては可愛すぎる。もっと格好の良い名前を期待していたという訳ではないと言えば嘘になってしまうが、私の尊敬する先生に頂いたこの名前を無下にするわけにはいかない。もうこの名前でいくしかないのだ。
「いい名前を、ありがとうございます」
私は少々ひきつった笑顔で礼を言い、その場を後にした。
~株式会社プリンアラモード、爆誕~
(つづく)
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