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書を一献(5) 「南京事件」

 「笠原十九司、『南京事件』、岩波書店」ですね。岩波新書です。私は2018年第18刷を購入している様です。第1刷は1997年とのこと。
 微妙な題材なのですが、主義主張に関わらず一読の価値がある様に思います。
 南京事件が実際にあった・なかったの「議論」について、これを読めばかなりの所を理解できる様な気がいたします。第1刷の1997年には多分、現在ほどはネットを通じた百家争鳴や一部が拡声された状態にはなっていなかったと想像します。従っておそらく本書は、そういったネットの言説への対応を特段意識したものではなく、従前からの古典的な声への反論、そして客観的な研究書としての位置づけ、そういった意味合いを持っている、と見るべきでしょうか。そして本書は、一般人でも読みやすい、あるいは一般人向けの、正確で平易な書き下され方をした研究書だと思います。
 それでも本書の文脈は、現在のネット上のある種の言説に対して、かなり個別具体的なエビデンスを添えた反論にもなっている様に思います。それは結果的にとても予見的なのであり、その意味で驚きを禁じ得ません。おそらくそれは、先見性と言うよりもむしろ、南京事件の有無に関する「議論」がこれまでに1巡どころではなく何巡も既に繰り返されていることを示唆するものなのでしょう。
 一見重要である様に思える名誉風の表層的何かを守るために、懐の深さや今我々が持つ普遍的価値観といったより大きなものを犠牲にすることについては、短期的にはそれで何かが守られたように気分がよくなることには私も同感です。ただ、それよりも、そういった表層的な基準にさらに何某かの努力を付け加えることで、短期的困難や直接的な快不快を超えた先にある、維持し続けるべき本物の宝物とでも言ったらいいのか、そういうものを見つけ出せるような胆力を鍛えることが重要なのかなと、いささか本書の内容からは外れてしまいますが、拝読してそんなことに少しだけ思いを巡らせたと記憶しています。
 微妙な問題でもあるので、奥までは立ち入らず、この辺で。

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