死んだ先にあるものとは。

初めまして。無です。

本日は死んだ先にあるものとは。というタイトルで書いていきたいと思います。
一部不快に感じる部分がございます。私は気分が悪くならない、不快に感じないと思う方のみ閲覧してください。
よろしくお願いいたします。

前提として私は自殺するつもりはありません。というか死ぬ理由がないので生きています。無としての自我が生まれてしまった以上生きれるだけ生きてやります。他人のために死んでやろうなんて勿体ないので。

まず死んだ先にあるものと聞いた時何を思い浮かべますか?

霊界?天国?地獄?

もし死の先に何かあるとすれば、肉体はその場に残るので魂が死の先に行くのは考えなくてもわかることかと思います。

私は少しだけ考えてみましたが何があるか分からないという結論にたどり着きました。なぜなら誰も見たことがないから。
絶対にある!絶対にない!とは決めつけることができないのです。

昔とある番組で前世の記憶を持った状態で生まれてきた少年を取材するといった企画を放送していた記憶があります。
その少年は、自分が生まれ変わる前の名前、住んでいた場所、どんな仕事をしていたのか。という質問に対して迷いなく答えていました。
取材班が少年の記憶を使って実際に実在するのかを調べたところ、本当に実在していたことがわかった。という内容だった気がします。
個人的に驚いた部分があり覚えているのですが、少年の前世は約30年前に亡くなっていたこと、まだ前世の時の息子が生きていた。という部分です。
そして亡くなってしまった後どのようにして生まれ変わったのかについては全く記憶にない。そして成長するにつれてこの記憶は消滅していったそうです。

こういったことが今生きている全世界の人に起こる現象ならば死の先には必ず何かがあると断言できるのですが、大半の人間が前世を覚えていないので絶対にあるともないとも言えないと私は思います。

さて本題はここからです。
一週間ほど前に目を疑う動画を見ました。
その動画はTwitterで流れてきた動画でした。少し前にTwitterの仕様が変わりフォロー中のツイートとおすすめのツイートで分かれたことはTwitterを使っている方はお分かりだと思いますが、おすすめのツイートに流れてきた女子高生の自殺動画をみて眠れなくなってしまいました。まさか自殺動画が流れてくると思ってなかったので強めの衝撃が走りました。

何を思って自殺したのかは関りがないので全く分かりませんが、私より年齢が低い子が自殺してしまうのは悲しくなってしまいます。
きっと抱えきれない悩みや耐えきれないことがあったんだろうな。と思うしかできません。

自殺を助長するわけではないですが、自殺をするなとは思いません。私はするなと面と向かって言えるほどの人間でもないです。人間だれしも死にます。死んだら葬儀や納骨など他人に迷惑が掛かるのは全員に言えることです。どれだけの人数に迷惑をかけてしまうか、という部分が違うだけだと私は思います。
自殺をすると死後の世界で苦行を受けるという方もいますが、誰も死後の世界を覚えていないことを考えれば自殺を止める文言なのかなと思う部分もあります。

ですがちょっと待てと言いたいこともあります。
私が学生時代に友人や知り合いがこんな言葉を発していました。

来世に期待!

TwitterやSNSなんかにもこの言葉を書き込んでいる方もいらっしゃいます。

率直に言います。
馬鹿か?と。

きっと何も考えずに来世に期待と書き込んだりしていることはわかりますが、実際に来世に期待して自殺する方も実際にいるかもしれないと思うと直接馬鹿かと言ってやりたくなります。

来世に期待したところで来世で新しく生まれたとき同じ自我が生まれるはずないだろう。つまりお前ではなく別の人間であるといってもいいのではないかと思うんです。

もし自殺を考えている人がいたら死ぬ前に一度考えてほしいと思っています。
とりあえず旅行に行こう。お金がなかったら借りてでも行こう。ちょっと背伸びして高めの旅館に泊まるのもたまにはいいじゃない!ビジネスホテルはだめだよ。なにもないからさ。
我慢していることを吐き出すのもいいんじゃないかな。受け止めてくれる専門の人もいるし。
とにかく死ぬ前にやりたいことをやってからじゃない?やれることをやってからでも遅くはないからさ。

最後にもう一度言います。来世に期待なんてするな。馬鹿!とりあえず寝ろ!

ありがとうございました。





来世に期待
ふざけんな


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