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舌が覚えているあの味は

緊急事態宣言が発令されて、私の生活圏内にあるカフェは軒並み臨時休業になった。

職場から自宅までの往復の間に点在する大手カフェチェーン店から個人営業の喫茶店まで、掲げられたcloseの文字。

カフェの空間が好きで、今はもう別のお店になってしまった地元にある本屋の中にあるカフェが大好きでよく通っていた。それこそ受験勉強で塾に行く前の時間、自習と課題をこなすために入ってはコーヒーが飲めない私が頼める1番安いレモンティーで小一時間から二時間、ほぼ毎日のようにお世話になっていた。

今では店内ではしゃいだ声が聞こえてくることも、ままあるが、なんとなくカフェという空間では友達と話をするにも少しトーンを落として無意識のうちに周りに気を遣っていたりして、だからこそ、カフェ店内の雑談や雑音も、心地よい程度に集中できる。特に私が通っていたカフェでは本屋が併設されていた事もあり、静かな雰囲気を好む人が利用する傾向が強かった。店内のBGMはもっぱらジャズ。自分の貯金でウォークマンを買うまでは、知らない異国の曲を延々と流し聴いて勉強に取り組んでいた。

自分の行動範囲が広がって、自分には敷居が高いと思っていた大手カフェチェーンの味を知った。お値段も当時のお小遣いを考えたらなかなかの高級品だったが、そのお店で初めて口にした抹茶ラテは、私が知ってる抹茶ラテとは違った、まろやかな濃さがあった。

店員さんが笑顔で何やら呪文のようなカタカナを並べるので、頭には疑問符がいっぱいだったがーー初めて利用するからと気合を入れて、事前に検索までして注文の仕方を下調べしておいた。にも関わらず、注文をし終え安堵した後に、これもオススメですよなんて声をかけられ何を言われているのか分からず数瞬フリーズしたーーお勧めされるままにカスタマイズした。

そして、その味が美味しくて、濃かった。にこやかにお勧めされた呪文を思い出して、次はもっとスマートに注文しようと心に誓った記憶はまだ自分の中に残っている。

そして、当たり前のように職場の近くや、旅行先にもお馴染みのマーメイドと緑のロゴを見かけ、気負うことなく注文が出来るようになったなと余裕を身につけたかなと思っていたら、突然いつ再開するか見通しのつかない臨時休業期間に突入した。

自粛前の営業最終日には職場近くの店舗に行って惜しみながら抹茶フラペチーノを大事に味わって飲んだ。

次に飲めるのはいつだろう。仕事の癒しがまたひとつ消えてしまった。そんな事を思いながら。

灯りが点いていないお店の前を通り過ぎて、仕事に向かう途中も、つい目が入り口から見える暗い店内と臨時休業のお知らせの文字見てしまう。その度に、今は大変な時なんだなと思い知る。いつまで続くのかと。

そして今日、緊急事態宣言の緩和を受けて、一部地域の営業が再開された。

店内を掃除している姿はちょっと前に見かけていたから、もしかしたらと思っていたが、店内に人の姿を見つけるのは久しぶりで思わず吸い込まれるように店内へ。

テイクアウトのみの販売と、アルコールの設置、レジには厚い透明な仕切り、感染予防対策がされたレジで、久しぶりにあの呪文のような注文した。

店員さんが、抹茶フラペチーノにシナモンて合いますよねと弾けるような笑顔で応対してくれる。私も思わず笑顔になって、美味しいですよね、大好きですと返す。

受け取って、飲んだ味はよく覚えているあの味で、まろやかな濃さが口に広がる。

ほっと一息ついた。

まだ油断は出来ないとは心得ているつもりけども、そんな中でも嬉しいニュースがあると心が落ち着く。前を通り過ぎる時、暗い店内を見ることはなくなる。

もちろん気楽に考えてはいけない事態だけども、適度な息抜きで上手く付き合っていくことが必要だろうと思う。

ゆっくりと、抹茶の味を噛みしめながら、小さな幸せを感じつつ、少しずつ数ヶ月前にあった日常に近づけばいいなと思う。




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