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『ユニコーン企業のひみつ』という組織論

私は昔から、いわゆる「ヒーローもの」が好きで、それを題材とした映画やドラマをよく観ます。ヒーローは、我々のような普通の人間では太刀打ちできない強大な敵と戦い、打ち勝っていく。多くの物語で彼らは孤高であり、孤軍奮闘する存在として描かれますが、それは、特別な能力を持つヒーローが、それ故に希少な存在だからでしょう。つまり、「スケール」できないのです。

企業というものもそう。数少ない「優秀な社員」に頼る方法で組織をスケールさせることには、そもそも無理がある。書籍『ユニコーン企業のひみつ ―Spotifyで学んだソフトウェアづくりと働き方』で取り上げられているユニコーン企業のSpotifyは、こうした強い個の力を凌駕するチームを作り、それを基本単位として組織をスケールさせることに力を注いでいる代表的な存在です。その手法は、ただ単に組織をスケールさせるだけにとどまらず、スケールさせた力を束ね合わせ、何倍もの力を引き出し、ビジネスの大きな推進力になるまでに練られています。

著名アジャイルコーチが説く経営リーダー向けの組織論

本書は、ソフトウェアエンジニアであり、アジャイルコーチでもある著者ジョナサン・ラスムッソン(Jonathan Rasmusson)によるテック企業向けの組織論と言えるものです。Spotifyでの3年間の仕事を通じて得た経験をもとに、世界的にも競争力をもつテック企業の組織とその文化とはどういうものであるかを紐解いています。

ジョナサンは、2010年に出版された前著『アジャイルサムライ――達人開発者への道』が大人気で、10年以上経った現在でも、アジャイル開発の入門書としてその書籍名がエンジニアの会話に出てくるほどです。書籍内での語り口調が軽妙で、読みやすいこともその要因のひとつでしょう。2021年4月に出版された本書でもそこは踏襲されていますが、前著の対象読者が主にエンジニアだったことに対し、本著は経営者を含むマネジメント層を対象にしているように思います。

ミッションを基本単位に組織をスケールさせる

組織が大きくなると、あらゆる箇所で進みが遅くなります。会社を立ち上げたばかりの頃の機動性や俊敏性を維持したまま組織をスケールさせていくというのは、本当に難しい。

それを成功させる鍵は、「スケールさせる基本単位を何にするか」にあることが、本書を通して見えてきます。そしてその基本単位とは、それぞれが独自の「ミッション」を持って結成されたチームです。

一般的に、企業レベルではミッションやビジョンを持ちます。しかし、ここで述べているのは、組織の中でも最小単位の実働体が、ミッションに基づいて活動するということです。そこには、あらかじめ決められた具体的なアウトプットなど存在せず、顧客価値を表現する抽象概念だけがある。チームはそれを具象化するために「何からやるのか、どうやるのか」を自ら考え、試行錯誤しながら、不確実性に挑み続けます。

学習する機械で不確実性に挑む

従来のエンタープライズ企業では、いくつものプロジェクトを並列で走らせることで、多くのことを成し遂げようとしてきました。プロジェクトは、計画に重きを置きます。前もって計画を立て、計画に沿って遂行し、計画通りの期日に、計画通りのアウトプットを出すことを目指します。

しかし、計画通りのアウトプットが、想定通りの価値に変換されると楽観視できるほど、世の中はシンプルではなくなりました。ネットを介し、世界中から様々なサービスが流れ込み、市場はより競争が激しく、かつ細分化されています。正確に先を見通した計画を立てられるなんて、誰も信じていないでしょう。

ならば、不確実な要素をできる限り早く確実なものに変えていくことの方が、より現実的だと思えます。とにかく一刻も早くアウトプットを出し、それを世に問う。そこから発見と学びを得て、またアウトプットを出す。
このサイクルを繰り返すことこそが、成功要因となり得ます。

この発見と学習によって目指す先がミッションです。この、独自のミッションを持ち、その実行のために発見と学習を繰り返す存在として結成されたチームこそが、スケールさせる基本単位として妥当だと考えられます。

「Spotifyモデル」と呼ばれる組織構造を構成する要素の中でチームの単位として知られる「スクワッド」や、それを束ねた「トライブ」が、このスケール対象となる存在です。

チームの独立性でスピードを高める

スクワッドは、クロスファンクショナルで自己組織化された、8名以下を基本とするチームです。トライブは、ミッションが近い関係にあるいくつかのスクワッドを含む、40名から150名程度のチームです。従来型の組織で近いところでは、前者がプロダクトチームで、後者が事業体といったところでしょうか。

違いは、従来型の組織設計において、「チームの独立性」という観点がそれほど重視されてこなかったという点ではないかと思います。むしろ、組織間の綿密な連携を促そうと、互いに密接な関係性を持つ設計とする方が多いのではないでしょうか。

もちろん、そういった連携を軽視すべきだとは思いません。しかし、チーム間の独立性が低く、密結合となった組織は、何かを進めようとするたびに調整が必要となり、遅々として物事が進まなくなります。だから、チーム間の依存関係をできる限り排除し、ミッションを独立実行できるよう組織設計する。こうして得たチームの独立性が、スピードという競争力を生み出します。

もちろん、チームに独立性を持たせるということは、その推進に必要となる権限をチームが持ってなければ話になりません。いちいち承認をとっていては、進みが遅くなるからです。何からやるか、どうやるかは彼ら自身で決める。それが、独立するチームの基本原則です。

全社優先リストで調整コストを押し下げる

さて、組織が大きくなり、いくつものサービス・プロダクトが走り出すと、それらを横断するような取り組みも多くなります。横断型の取り組みは、必然的に組織間の調整ごとを多くします。組織ごとに優先すべき事項が異なるため、横並びの組織間でその優先順位を決めるというのは骨が折れます。このような中で、スピード感をもって仕事を進めることはなかなかに難しい。

だからSpotifyでは、経営リーダーが、会社として取り組みたい重要事項を、終わらせたい順に並べたリストによって明示します。この「カンパニーベット」と呼ばれるリストを用い、全社レベルで向かう方向を揃えることで、組織間の調整コストを押し下げ、全社横断の連携を容易にします。

会社とチームの信頼関係が基盤となる

カンパニーベットがあるからといって、そこに挙げられた重要事項を、経営リーダーがスクワッドに強制することはできません。何からやるかは、スクワッドが決めることだからです。経営リーダーにできることは、あくまでもフォーカスすべきことを示すまで。それでも、スクワッドがその意図を正しく理解していれば、そこで示された優先事項に取り組んでくれます。

これは、会社とチームの信頼関係がなければ成立しません。会社は、チームがミッションを遂行するために必要な情報と権限を渡し、チームは会社の方向と自らのミッションをよく理解した上で自己組織化(自律)している。それらを結びつけるのが、会社とチームの「信頼」です。

訳者のあとがきにもあるように、ユニコーン企業のひみつとは、「自律、権限、信頼」が鍵であり、それらを可能にする組織文化のことなのでしょう。

最後に

このようにして書くと、Spotifyモデルが完璧であるように思えてきますが、決してそうではないようです。失敗を指摘する記事も、ネット上でいくつか見かけます。また、著者ジョナサン・ラスムッソンがSpotifyに在籍していたのは、2014年から2017年の間です。Spotifyモデルはその後も変化を続けている様子がうかがえます。そもそも、Spotifyは2018年に、ニューヨーク株式市場に上場しており、著者の定義する「ユニコーン企業」からは外れてしまっています。

Spotifyモデルは「答え」ではないのだから、それをただ真似るのではなく、本質をとらえた上で組織設計に活かしたいものです。


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