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「有馬記念と雪と聖夜と」(その7)

 フランス語で「おとぎ話」と名付けれらた妹は、厩務員を引っ張るように力強くパドックを回る。姉は微笑みながら、そんな妹を見つめている。その後ろでは爺さんが嬉しそうに二人を見つめている。三番人気となったことで、陣営には却ってゆとりが生まれていた。気負うことはない、楽しもう。これで有馬記念がラストとなる五十嵐も、初めて有馬記念で騎乗する土屋も、そんな気持ちになっていたのかもしれない。

 本馬場入場の直前、土屋は五十嵐に、一言こう言われた。

「二人とも無事に帰っといでな」

 ニコニコしながらそういって、いたずらっぽく手をふる爺さんの姿に、肩の力が抜ける。初めての有馬記念を楽しめそうな気がした。コントドフェの首筋を撫でながら、土屋は「無事に帰ってこようね」と心の中でつぶやいた。

 コントドフェは牝馬ながら大柄で、ダイナミックな走りをする男勝りな馬だった。北海道浦河町の牧場で、母馬はその赤褐色の仔馬を出産した後、そのまま亡くなってしまった。急遽手配された乳母馬は仔馬に全く興味を示さず、むしろ噛み付くなどの危険があったため、コントドフェは実質、牧場の男性スタッフの手で育てられることになる。そのせいか、牧場でもあまり他の馬と行動をともにすることがなく、ひとりぼっちのことが多かったという。

 土屋が顔を見せると、入厩したばかりの栃栗毛の馬は警戒するように激しく嘶いた。近くに咲いていた白詰草の花を摘み、「よろしくね」といって、土屋はその馬の鼻先にそれを近づけた。馬は怪訝な顔をして少しそれを嗅いだ後、むしゃむしゃと食べてしまったという。土屋は声を上げて笑った。コントドフェも啼いた。こうして二人は出会った。

 それからの二人は仲の良い姉妹のようだったという。レースに負けた日、思わず土屋が悔し涙を見せると、コントドフェも涙を流した。本当は目にゴミが入っただけだったのかもしれない。しかし、土屋には、コントドフェが自分の思いをわかってくれたような気がして、嬉しかった。普段気難しいコントドフェも、土屋の前では素直だった。

 動物と会話することに明け暮れた少女時代を過ごした土屋である。お互いにしかわからない、種族を超えた共感のようなものがあったとしても不思議ではない。

 そんな調子だからか、五十嵐は土屋の前では、コントドフェのことを「下のコ」と呼んだ。

 勝鞍を重ねた姉妹コンビは、天皇賞(秋)で、来栖の駆る最強馬トリノサクラと初対決、クビ差で勝利する。次のジャパンカップで逆転されたものの、まだ決着が着いたとは言えない。

「コントドフェは二〇〇〇(メートル)がベストという評価もありましたが、私はそうは思っていませんでした。二四〇〇のジャパンカップのパフォーマンスからして、一〇〇メートル伸びても充分対応できると思いましたから。しかも同じ東京(競馬場)ですよ?」

 コントドフェがどこまでやれるのか、それを一番楽しみにしていたのは姉の土屋だった。

 

 落ち着いて周回するカリカチュアライズを、椎名はじっと見ていた。丸みを帯びた腰回りは、しっかりとして、仕上がりの良さを感じさせる。これならあの爆発するような末脚(ゴール前での馬の伸び脚のこと)も期待できそうだ。やはりこの馬には小細工など似合わない。久しぶりにコンビを組む椎名は、敬意を表するように、深々と頭を下げると、二冠馬のもとに駆け寄っていった。

 確かめるように、カリカチュアライズの体にそっと触れる。皮膚の薄い筋肉質な馬体は、黒光りしていた。前よりも一回り大きくなった気がする。

「短い時間でしたが、(高千穂)先生にいろいろ馬の状態について説明をいただきました。簡単な作戦の指示もありました。

 でも、今やからいえますけど、正直、そんなんどううでもええと思てましたね。乗ってたんオレやねんから、そんなんわかってる。

 もともと素直で頭のいい馬ですし、小細工なしでいこうと思てました」

 自分は一度、「乗る資格がない」とカリカチュアライズを降ろされている。それなのに困ったらもう一度乗れと連れてこられ、あれやこれやと指図される。騎手という職業はそういうものである。しかしその時の椎名は、そんな当たり前のことすら納得がいかなかった。

「オーナーも先生も関係ない。

 上等やないか。普通にオレがカリカチュアライズに乗ったら、どういうことになるんか、見せたろやないか。

 そんなカンジやったんでしょう……忘れましたけど」

 十数年を経てもなお、当時の屈辱感が頭をもたげる。まだ一〇〇パーセント癒やしきれていない傷を想起し、彼は自嘲気味に言った。

 椎名の中で溶けないわだかまりは、当時、来栖に対する言動にも現れていたはずだ。来栖はどう思っていたのか。

「……全く(気づいていなかった)。

 むしろ、シーナくんが本来の力を出せてない時に、自分がいくら勝鞍を増やしたところで、火事場泥棒というか、一時的なものなので、この先、自分は大丈夫かと思ってました。だから、ちょうどそんなタイミングで……と」

 有馬記念の行われる週の水曜日、追い切り(レース開催の数日前に行われる調教)を済ませ、準備万端で寛いでいた来栖の携帯電話に、彼の義母から連絡があった。来栖はその日、父親になった。こんなおめでたいことはない、これで有馬記念も快勝に違いないと、関係者からは多くの祝福の言葉をもらった。有難うございますといいながらも、素直に喜べなかった。

「勝てるようになってきたとはいえ、それは昔、親父に世話になったというオーナーや先生からいい馬を回してもらったり、たまたまシーナくんが調子を落としていたり、そういうことがあったからで、そんな自分がパパになって、この先、子供を養っていけるのか、一人の人間の親としてやっていけるのか、そういうところの方が大きかったですね。

 嬉しいけど、怖いというか……

 もちろんレースの時はレースのこと考えてますけど、そういう引っ掛かりみたいなのはありましたね」

 厩舎に所属しないフリーの騎手の収入は、成績と連動する。ケガなどで騎乗できなくなってしまうと、収入がなくなる不安定な職業だ。すでにトップジョッキーの仲間入りをしているとはいえ、不安がないわけではないというのは理解できる。

 根が真面目なのか、まだ自分に自信がなかったということなのか。油断すると心が微かに震える。大切なレース前、なんとかトップジョッキーの顔に戻る。しかし本来、親になるということは、それほどの重責なのであろう。指紋一つ残らぬよう、ゴーグルも鞭も何度も磨いてピカピカにする。すぐに泥を被るのはわかっている。ただ自分を落ち着かせるように、来栖は騎乗前の準備を入念に行った。

 パドックに出て、トリノサクラを見た時、来栖は言葉にできない違和感を覚えていた。汗が少し白いような気がする。いつもより発汗量がやや多いということか。珍しくチャカついて(跳ねるように歩くこと)いるようにも見える。来栖の心が波立った。

 

 降ったり止んだりの空に、パドック内の関係者も疎らだった。庇の下に並ぶ透明なレインコートを着た関係者の中に、傘を差すめかしこんだ女性の姿が、ぽつりぽつりと見える。馬主の家族だろうか。どんよりとした灰色がかった風景の中に、鮮やかな色が場違いに滲む。

 パドックに騎乗合図の掛け声が響いた。

 騎手が各々騎乗する馬のところへ散らばった。騎手の跨った十六頭の馬たちは、厩務員に惹かれながら、悠然と地下馬道の方へと向かって行く。蛍光灯の白い灯りに照らされた壁際には、関係者がズラッと並び、緊張の面持ちで競走馬たちを見つめている。カッ、カッという蹄の音を響かせながら、夢を背負った馬たちが一頭、また一頭と、馬場へ姿を現す。

 予定より少し遅れて、本馬場入場は始まった。

「東京競馬場で行われる初めての有馬記念、いよいよ本馬場入場です」

 やや低めの落ち着いたトーンの、青野らしからぬ硬い実況が流れ始めた。

 

 返し馬(ウォーミングアップ)を終えた、十六頭がスタンド前に集まる。東京競馬場二五〇〇メートルコースのスタートは、スタンド前である。そのため、輪乗りしながらスタートを待つ間にも、観客の視線は競走馬に向けられる。今までもよくあることだったが、トリノサクラは頻繁にクビを上げ下げしている。観客を入れた競馬はファンにとっては久しぶりのことだが、三、四歳の競走馬にとっては初めてのことだった。来栖は気づかないふりをするように、ぼんやりと空を見つめる。

 灰色のカバーに覆われたような空から、時折、雪らしきものが降っていたが、やがて小雨のように変わり、それも止んでしまった。風は相変わらず、冷たく、湿っていた。

 

 有馬記念は二五〇〇メートルで行われる。東京競馬場の場合、スタンド前の直線の真ん中からやや左、坂の手前あたりからスタートする。つまり、スタートしてすぐに登り坂ということだ。そのままゴール板を超えて、第一コーナーへと入る。ここから緩やかに下りながら、第二コーナー、向こう正面へと入ると、しばらくしてまた上りになる。第三コーナー手前から下りに入り、「大ケヤキ」のあたりを超えて、第四コーナーへ。そこを回ればスタンド前の直線、ホームストレッチに帰ってくる。スタート地点あたりから高低差二メートルの長い上り坂、通称「心臓破りの坂」が約二〇〇メートル続く。ゴールはその先にある。

 起伏に富んだコースを、反時計回りで一周ちょっと回る形になる。いくつかの重賞で使われる程度で、あまり使われない珍しいコースだった。

 

 午前中、「重」だった馬場はかなり回復し、馬場状態は「稍重」に変更された。

 ターフビジョンには発馬機の後ろで輪乗りしている競走馬たちが映し出されている。スタート地点から二〇〇メートルのところでは、白い旗を持った係員が待機している。

 午後三時三十二分、緑色をしたスタート台がせり上がり、ベージュのスーツを着たスターターが、赤い旗を振った。例年より七分遅れだった。

 ファンファーレが鳴り、それにあわせ手拍子が響く。長い間待ち望んだ、ファンたちの歓声が、堰を切ったように溢れ出す。

 またあられのような雪がちらついてきた。

 やはりクリスマスには雪がよく似合う。

 

 ゲートが開いた瞬間、東京競馬場は悲鳴とも怒号ともつかない、異様な大音響に包まれた。

 各馬一斉に勢いよく飛び出したかのように見えた。しかし一頭、一枠二番のトリノサクラだけが、ゲートの中で立ち上がるようにして飛び上がった。

 タフでスタミナのあるトリノサクラだったが、最後の直線で鋭く切れるような脚は、長くは使えなかった。そのため、瞬発力勝負にならないよう、レース開始直後から、馬群の先頭に立つ「逃げ」や、前に位置取る「先行」という作戦を得意としている。最初から前の方でゆったりと走り、そのまま押し切る横綱相撲のような競馬こそ、トリノサクラの真骨頂だった。

 しかも、五二五・九メートルもある東京競馬場の最後の直線は、かなり長い。瞬発力自慢の後ろの馬たちに、充分追いつかれるだけの長さだ。一枠二番という枠順が決まった時、誰もが「トリノサクラは逃げる」と思っていた。

 こんなことでレースを終わらせるわけにはいかない。落馬しそうなほどトリノサクラは勢いよく飛び上がったが、来栖は喰らいついた。

「当たり前ですけど、落馬で競走中止になるとオーナーやスタッフだけでなく、馬券を買ってくれたファンにも、とんでもない迷惑をかけてしまいますからね。

 映像見ていただけるとわかると思うんですが、もうなんか、抱きつくようなカンジで。

 それでもすぐ体制を立て直せたのは、トリノサクラが飛び抜けて柔軟だったからでしょうね。やっぱりスゴイ馬ですよ」

 漆黒の馬体に、額から鼻筋にかけて走る白い流星の模様。その佇まいには王者の風格が漂っていた。トリノサクラのファンは、口々にいった。

〈トリノサクラの競馬は、安心して見ていられる〉

 天皇賞(秋)でコントドフェに差されたものの、クビ差である。ちょっとした展開のアヤだという見方もあった。そして、ジャパンカップでコントドフェを押さえ、実際それを証明してみせた。

 痛恨の出遅れであったが、まだ終わっていない。来栖はもちろん、ファンもまだ諦めてはいなかった。

 

 カリカチュアライズは綺麗にスタートを決めた後、危なげなく中団、狙い通りの位置取りにつけた。椎名は、来栖の、トリノサクラの姿を探したが、前が壁になってよく見えない。スタート直後のどよめきで、何かあったことだけはわかっていた。横目でチラリとターフビジョンを見たが、それでも何があったのかはよくわからなかった。

「何やろなと。

 出遅れやろかとは思いましたが、まさかトリノサクラやとは思いませんでした。

 自分の中のイメージでは、前にトリノサクラを見ながら周回し、第四コーナーで仕掛けるカンジやったので、トリノサクラはどこやと、ちょっと焦りましたね」

 そんなことを考えながらも、第一コーナーと第二コーナーの中間地点で、先頭にたったバイブスアゲインの姿を確認した椎名は、そこからの距離を保ちながら、ロスなく内を進んでいく。その時、その後ろでは、もう一つのドラマが始まろうとしていた。

 

 コントドフェの鞍上で、土屋はギョッとした。ちょうど第一コーナーに侵入するあたりで、前にいると思っていたトリノサクラが外から並びかけてきたからだ。スタートしてから緩やかに内に切れ込み、馬群の最後方につけたと思っていたが、さらにその後ろにもう一頭、しかもそれがトリノサクラだとは全く予想していなかった。

 長くいい脚を使えるコントドフェは、その武器を最大限に活用できるよう、後方でスタミナを温存し、第四コーナー手前からロングスパートをかけるのが得意な先方だった。同じ東京競馬場の二〇〇〇メートルで行われた天皇賞(秋)では、その作戦がうまくハマり、トリノサクラを差し切ることができた。次のジャパンカップも同じ東京競馬場だったが、距離が二四〇〇メートルと、四〇〇メートル長くなったため、最後、ギリギリ詰めが甘くなってしまった。有馬記念ではそこからさらに一〇〇メートル長く、二五〇〇メートルである。最後方とはいえ、ジャパンカップの時よりも心持ち前に位置取り、スパートも少し早めに掛けられるよう、慎重で繊細な手綱捌きが求められていた。そこに予想外のトリノサクラである。

「あれっ、と思いましたよ。

 こっちは脚をためる(スタミナを温存する)つもりで後ろにいるのに、どうしてトリノサクラがいるのって」

 マークすべきライバルが、自分より後ろから並びかけてくる。何が起こっているのか、土屋はそこでハッとした。

「スタート直後、ファンの悲鳴みたいなのは聞こえていたので、その時、あぁ、あれはトリノサクラだったんだなと」

 トリノサクラに何があったのかはわからないが、しかし、この位置取りにいてくれるのは、コントドフェにとって悪くはない。状況は有利に働いている。土屋はそう思ったに違いない。

 

 第二コーナーを回り向こう正面に入った時、先頭バイブスアゲインのすぐ後ろに先頭集団、その後、バラバラと数頭いて、中団あたりにカリカチュアライズ、更にその後に後方集団、最後方にコントドフェとトリノサクラといった、やや縦長の展開になっていた。

「出遅れたトリノサクラとしては、このままの位置での直線勝負は避けたい。そう考えて、ジリジリ上がっていこうとしたんです。

 ただ、ここで動くことで、多少なりとも脚を使うのが最後にどのくらい響くのか。タフなので粘る競馬はできますが、最後、もう一段、追い上げるだけのギアが入るのか。

 そういう不安はありましたが、もう考えられるとしたら、それしかないだろうと思いましたね」

 来栖は至って冷静だった。バイブスアゲインも積極的に逃げているわけではないので、ペースはそれほど上がっていないように思えた。前にいる馬たちは、スタミナを温存しているはずだ。このままの流れで、今の位置取りのままだと、いくらスパートをかけても、前も止まらないので差は縮まらない。来栖はそう考えたわけだ。

 最後方から少しずつ上っていこうとするトリノサクラが、新たな事態を引き起こす。

 当時を振り返り、土屋は目をつむったまま、絞り出すように言った。

「かかっちゃいましたね……」

 トリノサクラを追うようにペースを上げる、興奮気味のコントドフェをなだめようと、土屋は必死で手綱を後ろに引っ張る。抵抗するコントドフェは頭を上げ、口を大きく開く。手綱が激しく上下する。騎手と馬の呼吸の調和、つまり折り合いを欠いたコントドフェは、トリノサクラと共に順位を上げていく。土屋の言うことをきかない状態、競馬で言う「かかった」状態になったのだ。そしてついにはトリノサクラを抜き去った。向こう正面、まだ第三コーナー手前である。

「とにかく止めようと、ほとんど立っているような状態で、ひたすら手綱を引いてました。私が未熟だっただけですが、ライバルが上がっていくのを見て、そうはさせるかと(コントドフェも)熱くなった部分もあったのかなと」

 ヒートアップした妹は、姉の制止も聞かずトリノサクラと競ったことで、かなりのスタミナを消費してしまう。内を走るカリカチュアライズの右斜め前あたりに、ちょうどコントドフェとトリノサクラがいた。それを見ながら、椎名はこんな風に思っていた。

「よくわかりませんでしたが、ともあれ、三強のうちの二頭が潰し合いのようなカンジでしょ。内心、これは(いけるかもしれない)と思いましたね」

 ミスさえしなければチャンスは充分にある。ケレン味のない騎乗に徹する。こういう時、椎名は慎重である。

 他馬の位置を確認する。前には先頭集団の壁がある。自分は内にいるので、このあたりで少し外に出しておきたい。第三コーナー手前から、ジリジリと位置取りを調整していく。

少し外へ膨れ気味にコーナリングし、空いた隙間から外に持ち出すと、先頭のバイブスアゲインが見えた。

 「大ケヤキ」が近づいてくる。

 

 カリカチュアライズが思ったよりも早く動いたため、第三コーナーで内に包まれてしまったコントドフェとトリノサクラは出口を失った。しかし、土屋も来栖も冷静に立ち回り、直線で抜け出すまで、内でじっと辛抱している。府中の直線は長いが、広くもあった。幅員は最大で四〇メートル近くある。先頭集団が横に広がれば、間を割って抜け出すことができる。この時、第四コーナー手前で外のカリカチュアライズが上がっていくのを、土屋も来栖も見ている。

 

 「その瞬間」はわずか一・八秒だった。

 

 土屋の目にはこんな風に写っていた。

「ちょうど右手、少し前に見えていたんですが、あれ、急に視界から消えたぞって」

 

 来栖も何が起こったのかわからなかったという。

「コースアウトというか、急な減速というか、とにかく何だ、何だというカンジでした」

 

「何か言わなきゃと思うんですが、とにかく言葉が続かないんですよ」

当時の映像を見ると、『ここでカリカチュアライズが、あっ』の後、一・八秒、実況が途切れる。青野が思わず絶句するのも無理はない。

 バイブスアゲインをかわそうと、スピードを上げたカリカチュアライズは、バランスを崩して前のめりになった。そして、大きく外へよれた。水を含んだ馬場、少しぬかるんだ、荒れたところに脚を取られたのだ。

 当の本人、椎名はどうだったのか。

「急にガクンとなって、アカン、と。外へ投げ出されそうになりましたね。

 そこから一瞬、グッと立て直したんですが、これは『やったか(故障したか)?』と」

 誰も言葉が出なかたのだろう。一瞬、スタンドも静まり返った。雪がちらついていた。

 コースアウトするように減速したカリカチュアライズだったが、すぐに思い出したかのように再加速する。第四コーナー出口、直線に向かうところでカリカチュアライズがかなり外に膨れたため、馬群に隙間ができた。その隙間にコントドフェとトリノサクラが飛び込んだ。絶叫、悲鳴、怒号……静寂が破られるように、ドンと地響きが鳴った。先に抜け出し、バイブスアゲインを捉えたのは、コントドフェだった。

「もう脚はほとんど残ってないだろうとは思ってました。もう後は、頼むから、このままもってくれと祈りながら、追い出しをギリギリまで引っ張ろうと」

 トリノサクラはタフだ。土屋にしてみれば、瞬発力はコントドフェの方が上だが、スタミナのロスが激しいので、ゴールまで脚のもたない公算が大きい。トリノサクラが追い出すまで粘りに粘って、瞬発力勝負に持ち込む。そこに賭けたいのだ。

 一方、来栖は来栖で、全く別のことを考えている。

「普通の馬なら、このあたりでもうかなり擦り減っていて、必死なんですけど、トリノサクラはそれほど苦しそうにしていなかったんです。出遅れで、ここまで少し無理をしているのに。

 なんという心肺能力だと、怪物だと思いましたね。

 ラスト、もう一回、あるんじゃないか、そう思ってゴーを出しました」

 もう一回、すなわち、ここからまたスピードを上げられるのではないか、来栖はそう考えていたのだ。確かに出遅れによって、前半位置取りを上げるのにかなり消耗したとはいえ、向こう正面、第三コーナー手前あたりでは一息入っていた。スタミナ自慢のトリノサクラなら、ここからまたもう一度、伸びる可能性はある。

 コントドフェは目の前にいる。いけるか。来栖はトリノサクラに合図を出した。それに応えるように、トリノサクラはギアをもう一段上げる。六段までしかない普通のスポーツカーではない。トリノサクラは、七段変速のスーパーカーだった。グングン加速して、外から覆いかぶさるように、コントドフェに並びかける。土屋は思った。

「『来た、今だ!』って。粘って粘って我慢させていたのを、一気に開放させるようなカンジで追い出しました。コントドフェの反応も良かったので、いけると思いました」

姉のゴーサインに妹は鋭く反応した。トリノサクラに抜かれまいと、コントドフェも速度を上げた。

「思いの外、ガツンと来たので、これで勝てる、(五十嵐)先生への恩返しが出来ると、上気するというか、頭に血が上るような感覚が自分でもわかりました」

当時を振り返って土屋が興奮気味に言う。二頭がもつれ合うように、府中の「心臓破りの坂」を駆け上がる。

 

 その時、内ラチ沿いの空いたところからスルスルと上がってくる一頭の馬があった。

「立て直した後、まだいけるとわかって、すぐに進路を探したんです。直線入り口でバラけるように外に広がってくれたおかげで、内が空いたんです。馬場が悪いから、みんな意識して外に持ち出したんでしょうけど、ここしかない、このままでは終われんと、迷いなくそこに突っ込んだんですよ」

 椎名は馬と同化したように話をすることがある。カリカチュアライズと一体化した椎名は、そこへ駆け込んだ。

 内ラチ沿いは距離のロスが少ないため、そこを通ろうとする馬は多い。そのため、普通でも馬場が傷みやすい。その日も朝から行われたいくつかの芝のレースで、数多くの競走馬が内を通っていたため、荒れているのは当然だった。その上、昨日からの悪天候で傷みも激しく、ボコボコしてさらに走りにくい。わかっていてあえて突っ込んだのだ。椎名にはそれしか選択肢がなかった。

 悪路に脚を取られながらも、椎名=カリカチュアライズは上がっていく。長い直線、坂の頂上手前あたりで、コントドフェ、トリノサクラに追いついた。

「向こうはきっともう脚がない、道が悪いとはいえ、こっちには切り札がある、そう思って、鞭を一発入れました」

 騎手は鞭で競走馬に意思を伝える。鞭を視界に入れるだけの「見せ鞭」、肩口を叩く「肩鞭」、鞭をグルグル回しながら連打する「風車鞭」、鞭にも様々な使い方がある。そろそろお前の本気を見せてやれ、とばかりに、椎名はカリカチュアライズの尻に鞭を打つ。それは、もっとスピードを上げろという馬への指示ではなく、誰に気兼ねすることなく、本当の能力を、本気の自分を、もう思いきり発揮してもいいんだという、人馬一体となった椎名自身への鞭でもあったのかもしれない。

 坂を登りきって残り二〇〇メートルを切った。

 トリノサクラが外からコントドフェをかわした。そして、大きく離れた内から、今度はそのトリノサクラをカリカチュアライズがかわす。残り五〇メートル。椎名は確信したであろう。

 ファンも関係者も、こんな痺れるような三強対決を楽しみにしていたに違いない。しかし、この日の有馬記念には、「夢」を背負った一六頭が出走している。

 トリノサクラの更に外、ポツンと離れたところに一頭の馬影があった。九番人気の牡の五歳馬、アールジービーだった。

 

(つづく)

 

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