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音楽の原理4:音楽の分節と言語の分節

音楽と言葉、どちらもメッセージを伝達するための手段である。
ただ、言葉は音楽に比べて表現できる情報量が圧倒的に多い。先の投稿で使った概念を用いれば、表象の力が強い。

これは、情報を伝えるための単位を比較しても明らかである。
言葉は、発音という単位から構成され、音楽は音階という単位から構成されるが、それぞれ単位の数が大きく異なる。

人は、20Hzから200,00Hzの音を知覚できるが、音楽ではそれを音階として分節して、表現に用いる。伝統的な西洋音楽では、1オクターブをドレミファソラシドの7音階に分節する。また、近代に入ってそれをさらに細かく分節された12音階技法が考え出された。
ただし、民族音楽に関する研究成果によれば、5つ分節する民族が最も一般的であると言われる。日本の伝統的な和音階もドレミソラという5音階で構成されている。

一方、言語は音の高低だけではなく、多数の発音を用いて表現される。
日本語は、「あ」から「ん」までの50音の単位が知られているが、約70音の発音があると言われている。さらに、他の外国語では、次のとおり更に多くの発音があり、日本語はむしろ発音数の少ない言語に分類される。

日本語:約70個
英語:約600個
韓国語:約600個
中国語:約2,000個

言葉は音楽と比較して、単位となる要素が多いために、その組み合わせもより多様になり、より複雑な情報を表現できる。

他の生物と異なり、人間だけが言語を利用し、複雑なコミュニケーションと知性を持つことができたが、それを可能にしたのは、発達した脳だけではなく、その複雑な発音を可能とする発声器官が必要であった。
下図は、フィオレンツォ・ファッキーニ著『人類の起源』に掲載されたチンパンジーとヒト発声器官の比較をした図であり、その図とともに次のような説明が記されている。

チンパンジーでは喉頭蓋は軟口蓋とほんの少しだけ離れている。ヒトでは喉頭が下がっているため、喉頭蓋と軟口蓋の間が広くなって、声帯でつくられた音が共鳴する空間が大きくなっている。ヒトの発する音声の大部分は空気が口から流れ出ることでつくられる。

フィオレンツォ・ファッキーニ著『人類の起源』p114

発声のためには、喉頭が下がって咽頭がそれに適した大きさとなり、よく動く舌が必要であった。
ニューヨークのマウント・シナイ医科大学のJ.レイトマンの研究によると、喉頭の下降は頭蓋底が屈曲すること、つまり頭蓋底が平らだったのが上向きに開いた鈍角になることに伴う。この身体上の特徴は、生まれた時にはまだなくて、幼児の頃にできはじめ、10歳くらいまでに完成される。アウストラロピテクスの頭蓋底を調べてみると、そのような変化はまだ起こっていない。しかしケニアのコービ・フォーラで発見された160万年前のホモ・エレクトゥスー3733標本では、頭蓋底の屈曲が、現代人と同じではないにせよ、とてもはっきりしている。これはホモ・エレクトゥスが発声のための解剖学的構造をすでに備えていたことを示している。現生人類の呼吸構造上部と十分に似た構造が獲得されたのは、おそらく40〜30万年前にさかのぼる。

フィオレンツォ・ファッキーニ著『人類の起源』p112

チンパンジー(左)と人(右)の発声器官の比較
フィオレンツォ・ファッキーニ著『人類の起源』p112

多くの生物が、発声器官を持っているいものの、人間のような複雑な発音を発生することはできない。人間以外の生物の発声器官のほとんどは、音の高低しか表現できない鳴き声である。

音の出るメカニズムをみても発音と音階とは、その複雑性に大きな違いがある。これは楽器という道具をみても明らかである。音の高低は、弦を張る力、叩くものの硬さなどで簡単に調整し、作り出すことができるのに対して、発音できる楽器はいまだに開発されていない。

つまり、人類の進化の過程をたどれば、類人猿からホモサピエンスへの進化の過程で、音の高低によるコミュニケーションから徐々により複雑な発音を伴った言語によるコミュニケーションに移行していった考えられる。

言い換えれば、音楽は人間が進化の過程でいまだ言葉を持っていかった時の鳴き声の記憶である。言語を獲得してからは日常生活におけるコミュニケーションでは使用されなくなったものの、芸術や祝祭などの非日常的な表現として、言葉を持たなかった頃の記憶がよみがえってくるのである。

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